文房具の丸シールを一枚ずつ重ね、光や色に満ちた風景を描き出す現代美術家・大村雪乃さん。遠くから眺めれば一枚の絵画、近づけば小さな円の集積へと姿を変える作品は、観る人に鮮やかな驚きをもたらします。大村さんを本誌で初めて紹介したのは、Vol.17(2013年10月号)のこと。あれから約13年、都市の夜景から旅先の風景、花や鳥などの自然へとモチーフを広げ、カッティングシートを取り入れた新たな表現にも挑戦。各地での展覧会やワークショップ、メディア出演へと活動の場も広げてきました。身近なシールは、なぜ人の心を揺さぶるアートになるのでしょうか。二度目の登場となる今回は、その原点や作品に込めた思い、進化を続ける表現の現在地についてお話をうかがいました。
現代美術家
大村 雪乃さん
1988年生まれ、東京都在住。2013年、多摩美術大学美術学部絵画学科油画専攻卒業。大学在学中に文房具の丸シールで夜景を描く作品を発表し、2012年「Tokyo Midtown Award」にてオーディエンス賞を受賞。以降、国内外で個展やグループ展を開催するほか、観客参加型ワークショップを開催。MBS・TBS系列で放映中のバラエティ番組『プレバト!!』では丸シールアート作品を査定する先生として出演中。2025年より朝日新聞「文芸時評」の挿画を担当。
公式HP:https://yukino-art.com/ 公式SNS:Instagram @yukino_ohmura、X @yukinoohmura
漆黒の画面に浮かぶ、ビルの窓や街灯、車のヘッドライト。大村さんの代表作である都市夜景を題材にした作品は、色も大きさも異なる丸シールを一枚ずつ貼り重ねて描かれています。離れて眺めると、無数の円が光の粒となって溶け合い、写真のような奥行きのある風景が現れます。ところが、一歩、二歩と近づくにつれて、見えていたはずのビルや道路は輪郭を失い、景色の像は色とりどりの丸へとほどけていきます。風景と素材の間を視線が行き来する、その瞬間に生まれる驚きこそ、丸シールアートの大きな魅力です。
「パソコンやスマホでも気軽に作品を観られるようになりましたが、それだけで観た気になってしまう人も多いと思うんです。でも、本当の面白さは、現物を目の前にしないとわからない。近づいたり離れたり、観る角度を変えたりしながら、本当にシールでできているのか確かめてほしいですね」と大村さん。シールのわずかな厚みや重なり、表面のつやまでが作品の一部となり、観る位置や光の当たり方によって表情を変えます。大村さんの作品は、鑑賞者の身体そのものを動かし、アートを観るという行為を新鮮な体験へと変えていくのです。
大村さんの代名詞ともいえる、大都市の夜景を描いたシリーズ。無数の丸シールをビルの窓明かりやネオンに見立て、大小の円を緻密に重ねることで、都市が放つエネルギーと、無数の光が織りなす壮観を浮かび上がらせる。
大村さんは幼い頃から、映画や文学などに囲まれて育ちました。国語の教師だった父親は、教養を重んじていました。古文や漢文だけでなく、映画や漫画、落語にも精通していて、自宅には映像ソフトや書籍が大量に並ぶ専用の書斎があったそうです。「幼い頃から父と一緒に古典作品を観て育ちました。同世代の友だちがアニメを見ている時に、私は『オズの魔法使い』や『雨に唄えば』、黒澤 明監督の作品などをずっと観てきました。今となってはあまり内容を覚えていませんが、昔のものをちゃんと掘り下げて学ぶことの大切さは、家庭環境から学んだ気がします」。国内外の映像作品、さらには美術館や博物館で目にした多様な作品が、知らず知らずのうちに感性の土台となったのです。
そんな大村さんが子どもの頃に情熱を傾けていたのは、美術ではなくクラシックバレエでした。週に5日、有名なバレエ教室に通い過酷なレッスンに打ち込んでいましたが、十代半ばでプロとして進むことの難しさを悟ります。「どれだけ努力しても何者にもなれない、報われない世界があるんだと知りました。だからこそ、次に美術をやると決めた時は、今度こそ絶対にものにしなければ意味がない。それくらいの覚悟が芽生えたんです」。大村さんは並々ならぬ決意を胸に、多摩美術大学の絵画学科油画専攻へと進学します。
美術大学に入学後、本格的に油絵を学び始めた大村さんですが、次第にある違和感を抱くようになります。「油絵の基礎を身につける一方で、筆跡を残しながら対象の質感や輪郭を丹念に追う描き方が、自分には向いていないと気づいたんです。時間をかければ描けることはわかったし、修練もしてきたけれど、そこに対する熱量が湧かない。それよりも、色の面や配置、表現のアイデアで形を追いかける方が好きなことがわかったんです」。
既存の描き方に自分を合わせるのではなく、自分の感覚に合う表現を探す。その模索の先に、丸シールが待っていました。
大村さんと丸シールとの出会いは、美術大学進学のために予備校に通っていた頃に遡ります。当時、抽象画で円を描き続けていた大村さんは、「円を一つずつ描いて塗るのは面倒。だったら丸シールを貼ればいい」と、文房具の丸シールを画材として手元に置くようになります。でも、ただ貼るだけでは面白くない。丸シールを使って何かできないかと模索していた彼女の脳裏に、幼少期の記憶が蘇りました。「かつて住んでいた家のリビングに、蓄光で光る夜景の写真パズルが飾ってあったんです。夜中に水を飲みに行くと、いつも暗闇で光るそのパズルを観て『きれいだな』と眺めていた記憶があって。もし自分が芸術家になるなら、あの夜景の作品を超えなければいけない。自分が受けた感動を超えることができなければ、作家になる意味がないと思ったんです」。大村さんにとって、夜景を描くことは、作家として歩み出すために自らに課した最初の目標でもあったのです。
「夜景の作品を超えるにはどうしたらいいか」。その答えとして、大学2年の頃、いつも手元にあった丸シールを作品に使用する発想に辿り着きました。暗い背景の上に、色とりどりの丸シールを緻密に貼り重ねていくことで、都会のネオンや街の灯りが驚くほどの立体感と輝きを持って浮かび上がる。身近にある市販の文房具が、見事な夜景の光の粒へと変換される瞬間でした。「安価なシールが、人々が憧れる都市の光に変わる。その金銭的な価値のギャップから、人が美しいと感じるものは何かを問うことができるんじゃないかと考えました。そのコンセプトは、今でも一貫して変わっていません」。2012年、丸シールで夜景を表現した作品が「Tokyo Midtown Award」でオーディエンス賞を受賞。翌年の大学卒業後、大村さんは本格的な作家活動へ踏み出すことになります。

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- 左:『芙蓉』(2023) 上:『コスモス』(2023)
花や鳥など四季の自然を、有機的な形に切り出したカッティングシートで描くシリーズ。デジタルで設計したシールを一枚ずつ貼り合わせ、日本画に学んだ構図や余白を生かしながら、伝統的な自然美を現代の風景として再構築する。
一見、ひらめきと感性のままにシールを貼っているように見える大村さんの作品ですが、その背後には綿密な設計があります。制作は、モチーフとなる風景を撮影することから始まります。一枚の写真を使う場合もあれば、複数の写真を切り貼りするように組み合わせ、理想の構図をつくる場合もあるそうです。完成した下図はパソコン上でレイヤーを分け、すべてのシールの配置や色をシミュレーションした緻密な設計図を作成。原寸大の下図の上に、ピンセットで丸シールを一枚ずつ手作業で貼り進めます。「写真の通りの色がシールにあるわけではないので、画面全体のバランスを見ながら色を選びます。絵としてバランスが悪ければ、容赦なくビルごと消すことも、逆に光を増やすこともあります。また、写真の通りに色を置いても上手くいきません。色味のバランスを見てあえて色味を落としてみたりと、色の選別には常にこだわっています」と大村さん。写実的に見える風景も、大胆な省略や色の置き換えを重ねて構成することで、丸シールによる「絵画」として成立させることができる。そうした緻密な計算と独自の色彩感覚、膨大な時間を要する手作業があるからこそ、遠くから見たときの圧倒的なリアリティが生まれるのです。
現在大村さんが使用する丸シールは、市販品のほか自らカッティングプロッターを使って自在に切り出した自作のものを合わせて約240種類。大きさの異なるシールを使い分け、時には半透明のシールを重ねて、既製品だけでは表せない微妙な色合いをつくり出します。「作品によっては、一つの色を表すために四層ほど重ねることも。歌舞伎座を描いた作品では、6千枚以上の丸シールを使用しています」と大村さん。数千回の手作業を重ねながらも苦労の跡を前面に出さず、色と円の配置によって、作品の軽やかな風景が立ち上がるのです。
大村さんが丸シールにこだわり続ける理由は、その意外性や美しさだけではありません。絵画は高度な技術で描くもの、特別な画材を使うもの。そんな固定観念から人々を解き放ちたいという思いがあります。「アートの世界には、技術的な上手さや、伝統的な高い画材を使っている作品こそがすごい、という風潮がどこかにあるんじゃないかと。もちろんそれも素晴らしいのですが、本質はもっと単純でいいはずなんです。技術が卓越していなくても、ありふれた文房具のシールだけで絵が描ける。そのことを伝えた方が、うまく描けないコンプレックスを抱えている多くの人たちにとって、救いになると思うんです」。
大村さんが重視するのは、色の面を配置することで何を描き、何を描かずに残すのかという画面の構成です。「絵の本質は、色面と配置、デザインにあると思っています。それをシール一枚でポンと表せたら最高にクールですよね」。絵の具なら塗り込むことで整えられることもありますが、形も色も決まった丸シールではごまかすことができません。単純な円だからこそ、画面の重心やリズム、余白に対する作り手の感覚が鮮明に表れるのです。「たかが丸シールと軽く見られることもありますが、そこが面白い。ありふれた素材だけでも絵が描けると伝えることは、たくさんの人にとって救いになると思っています」。特別な画材を使わなくても、自分の発想が表現になる。大村さんの作品は、観る人の中にあるアートとの距離をそっと縮める役割も担っているのです。
大村さんが実際に訪れ、目で見て感じた全国各地の名所や観光地を描くシリーズ。丸シールにアクリル絵具やカッティングシートを組み合わせ、土地ごとに異なる色や光を、旅の記憶を呼び覚ますような臨場感とともに表現する。
作品の発表と並んで、大村さんが力を注いできたのが、丸シールを使ったワークショップです。各地の美術館で展覧会を開く際には、必ずと言っていいほどワークショップが企画され、子どもからシニアまで、誰もが丸シールを手にして自分の作品づくりに取り組むそうです。また、ワークショップでは、開催地の風景や名産物などを題材にした作品を共同で制作することも。富山県砺波市ではチューリップ畑、静岡県掛川市では地域の祭りをモチーフに、地域の方々と大型作品をつくり上げたそうです。「いろんな素材でアートがつくれるという体験をしてほしいんです。小さい頃にそういった原体験があれば、大人になってからも『これも何かのアイデアになるんじゃないか』と発想の起点になる。私が丸シールで証明したように、行動を起こせばそれが実現するということを、ワークショップを通して体感してもらえたら嬉しいですね」。
また、放映中の人気テレビ番組『プレバト!!』では、丸シールアートを査定する先生として出演。「限られた色と形をどう配置し、どこに余白を残すかを読み解きながら、出演者の作品を講評しています。番組を通して丸シールアートを知ってくれる層の広がりを実感しています」と大村さん。最近は、外国人からも「このシールは学校にあった」と声をかけられることがあるそうです。身近な文房具から生まれたアート作品の驚きは、国境も世代も越えて共有されています。
開催地の風景や名物を題材に、参加者が大きな下絵へ丸シールを貼り、力を合わせて完成させる作品。年齢や絵の経験を問わず誰もが制作に加わることができ、一枚のシールが壮大な風景の一部へと変わる驚きと喜びを分かち合う。
月や草花、動物など、秋の情景をカッティングシートで表現したシリーズ。透明・半透明のシートを巧みに重ね、アクリル板やガラスの透過性を生かしながら、現代の屏風絵を思わせる奥行きと彩り豊かな風景を描き出す。
前回『TSUNAGU』にご登場いただいてから約13年。大村さんの丸シールアートは、都市の夜景から自然、建築、各地の名所へとモチーフを広げてきました。近年は、背景や輪郭にカッティングシートを取り入れることで、丸シールの光や色をいっそう引き立てる作品も増えています。「半透明のシートを重ねれば既製品にはない色のグラデーションが生まれ、偏光性のあるシートを使えば観る角度によって水面の揺らぎや光の移ろいを表現できる。丸シールを起点に、シールという素材そのものの可能性を掘り下げていきたいですね」。
大村さんが見据えるのは、背景を含め、すべてをシールで構成した絵画です。「今は背景にアクリル絵の具を使うこともありますが、できればシールのみで作品をつくりたい。印刷技術も進化しているので、グラデーションのシールなど新しい素材を取り入れながら、まだ誰も見たことのないアートをつくってみたいと思っています」。丸シールで開いた扉から、さらに自由なシール表現へ。その根底にあるのは、既存の画材やジャンルにとらわれず、色と形、配置によって絵画をつくるという一貫した姿勢です。
小さな丸シールを貼る。それは誰にでもできるごく簡単な行為です。文房具という親しみやすい入り口から、奥深い構成美の世界へ。大村さんの生み出す作品は、私たちに見慣れた日常の中にも、世界を驚かせる魔法が隠されていることを教えてくれています。
都市の夜景や風景を描いた大村さんの代表作をはじめ、全国各地の風景や花鳥風月などをモチーフとした作品を展示。
そのほか、札幌の風景をテーマに来場者とともに制作する大型ワークショップ作品も展示予定です。
大村雪乃展「BEAUTIFUL LIGHTS ― シールアートの世界」
●会 期:2027年1月2日(土)~2月11日(木・祝)
●会 場:サッポロファクトリーギャラリー(札幌市中央区北2条東4丁目 サッポロファクトリー3条館3階)
●入場料:一般1,500円(前売1,300円)、中高生900円(前売700円)、
3歳~小学生500円(前売300円) ※2歳以下無料
大村さんオリジナル作品の下絵と、点描に使用する丸シール、完成見本を収録した2冊の著書を刊行。実際の作品づくりを通して、丸シールアートの世界を体験することができます。
左:『Let’s Try! みんなの丸シールアートブック』(2023年)
右:『Let’s Try! みんなの丸シールアートブック vol.2』(2026年) ※発売:クレヴィス











