一枚の紙を折り、型に沿って刃を入れ、そっと開く。手のひらにふわりと立ち上がる文様は、江戸の寺子屋で子どもたちが胸を躍らせた瞬間と、今も変わらず響き合います。江戸時代から親しまれてきたこの「紋切り遊び」を通して、日本で育まれた文様の魅力や江戸の町人文化、その時代を生きた人々の価値観を現代に橋渡しているのが、造形作家・下中菜穂さんです。「紋切り遊び」を入口に、人と文化の営みを探究し続ける下中さんのインタビューを通して、人々の暮らしと深く結びついた紙の魅力に迫ります。


造形作家
下中 菜穂さん

千葉県生まれ。江戸時代の紙遊び「紋切り」をきっかけに文様文化の探究を始める。書籍『紋切り型』シリーズの出版をはじめ、国内外でワークショップや展覧会を開催。紙文化や民俗文化の調査・発信にも取り組んでいる。旧暦の日取りで行事をやってみる「旧暦カフェ」を主宰。昭和のくらし博物館副館長、アンデルセンこども美術館(船橋市)切り紙展審査委員長。

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紙を折り、型に沿って切り込みを入れてそっと開くと、一枚の紙の中から美しい文様が現れる。ただの小さく折り畳まれた紙切れが、指で開いていくにつれて、精巧な職人技のような文様へと姿を変える驚きと感動は、アナログな遊びだからこそ味わえる手触りと思いがけない発見の楽しさがあります。下中菜穂さんは、江戸時代に庶民の間で流行したものの、時代の波に埋もれてしまっていた日本の伝統的な切り紙遊び「紋切り遊び」の魅力を掘り起こし、現代へと伝える活動を続けています。

「紋切り遊び」は日本の家紋文化と江戸時代の庶民の創造性が結びついて発展したものです。図案となる家紋は、平安時代に貴族たちが牛車や調度品に目印として用いた文様がはじまりとされ、その後、武士階級へと広がりました。戦国時代には戦場で敵味方を識別するための印となり、江戸時代になると庶民の暮らしにも浸透していきます。桜や梅、桔梗などの植物をはじめ、鶴や蝶などの生き物、波や雪といった自然現象、さらには扇や車輪などの道具まで、あらゆるものが家紋のモチーフとなりました。「家紋って堅苦しいイメージがありますよね。でも実際に調べてみると、本当に自由なんですよ」。そう話す下中さんの言葉どおり、日本の伝統的な文様には、思わず笑ってしまうようなユーモラスな意匠も数多く存在します。さらに興味深いのは、文様が単なる装飾ではなかったことです。「たとえば『抱き茗荷』『入れ違い茗荷』※といった家紋の名前。モチーフは同じでも配置が異なり、その名を聞くだけで形が想像できるようになっています。昔の人は文様を言葉みたいに使っていたんです」(下中さん)。

日本の文様は、複雑な造形を、極限までシンプルな線と円だけで抽象化したグラフィックデザインです。そのミニマリズムな美しさを競うだけでなく、人々の感覚や価値観を共有するための‶ことば“ でもあったのです。

※「抱き茗荷(だきみょうが)」……向かい合う茗荷を抱き合わせた図。冥加信仰を映す代表的な茗荷紋。

※「入れ違い茗荷(いれちがいみょうが)」……茗荷を上下に交差させ円形にまとめた意匠。構成的な美が際立つ。

下中さんと紋切り遊びとの出会いは、今から約25年前のこと。図書館で偶然見つけた明治時代の遊びを紹介する本の中に「紋切り遊び」という聞き慣れない言葉があったそうです。
「日常の中で、ステレオタイプや思考停止を意味する言葉として『紋切り型』って使いますよね。あまりよろしくない表現だけど、そもそもその語源になった『紋切り』って何だろう?という素朴な疑問が湧いたんです」と下中さん。その時に手にしたのは、明治時代に出版された『世界遊戯法大全』という本の復刻版。西洋から入ってきたばかりのトランプや卓球、さらには数学の計算式までもが‶遊び“ として紹介されているその古い書籍の中に、江戸から続く「紋切り遊び」の手法がひっそりと掲載されていたのです。「これはいったいなんだろうと思って、自分で実際にやってみたんです。それがすべての始まりでした」。
  

大正時代に出版された学童向け工作書。
切り紙や折り紙を通じて子どもたちの創造力を育む内容で、当時の暮らしの中に紙遊びが根付いていたことがわかる。

江戸から明治時代にかけて作られた古書。
和紙と墨で作られた古い書物は驚くほど丈夫で、
かつては火事の際に井戸へ沈めて守ったという話も残っている。

1907(明治40)年に発行された、
古今東西のさまざまな遊びやルールを紹介した書籍。
下中さんが図書館で手にしたのは、1984年発行の復刻版。

「紋切り遊び」の基本はきわめてシンプルです。和紙などの薄い紙を二つ折り、三つ折り、あるいは五つ折りといった決まった形に折り畳み、そこに描かれた型の通りにハサミやカッターで切り抜いて、最後にそっと開きます。ただそれだけの行為によって、驚くほど美しく幾何学的な「文様」が手の中から現れるのです。「子どもの頃、適当に紙を切って開くだけでもワクワクしましたよね。でも紋切りが決定的に違うのは、長い時間をかけて精選されてきた伝統的な『型(紋切り型)』の通りに切るという点です」。

できあがった精緻な文様の美しさに衝撃を受けた下中さんは、東京・神田の古本屋などを巡り、江戸から明治、昭和初期に至るまでの古い「紋帳(もんちょう)」や意匠図案集といった資料を集め、独学で研究を深めていきました。「調べれば調べるほど、わからないことが増えるんです」と笑う下中さん。植物や動物、あるいはユーモラスな生活雑器までをもモチーフにした新奇で奥深い文様の世界に、下中さんは心地よくのめり込んでいったのです。

江戸時代後期、庶民の知的好奇心や遊び心が最高潮に達していた時代、家紋などの文様は単なるデザインではなく、一種の「言葉」としてコミュニケーションの道具に使われていました。人々は共通のリテラシーを持ち、役者の衣装の柄や、言葉遊びと掛け合わせた文様を見ては、小粋に笑い合っていたのです。「文様について探究していくと、必ず人々の暮らしに行き着くんです。文様は誰かが考え、使い、受け継いできたものです。その背景には、その時代を生きた人々の価値観や生活があるので、興味が尽きることはありませんね」(下中さん)。そんな下中さんの関心は、海外に向けられたことも。その一例が、中国の農村に残る切り紙文化との出会いでした。その地域では、毎年お正月に障子を張り替え、その上に「窓花」と呼ばれる赤い切り紙を貼り、一年かけて色褪せていく姿とともに時の流れを体感する文化がまだ息づいていました。「農村のおばさんに、切り紙が綺麗だから持って帰りたいとお願いすると、『なぜ持って帰ろうとするの?これは一年かけて朽ちていくもの。そしてまた自分たちの手で作ることに意味があるんだよ』と言われたんです。儚くてすぐ壊れるものだからこそ、技術が繰り返し継承されていく。その価値観に大きな衝撃を受けました」と下中さん。切り紙を作品として飾るのではなく、生活の中で当たり前に使われる紙の文化。人々の暮らしの中から生まれた創造性は、日々の営みとともに磨かれ、今も静かに息づいているのです。

暮らしの中で生きる切り紙の持つ力は、日本国内でも証明されることになります。2011年の東日本大震災の後、下中さんは南三陸町の仮設住宅へ和紙と紋切りを持って通いました。被災した人々は、夢中で手を動かして型を切り、できあがった切り紙をお世話になった宅配便のドライバーや周囲の人々へお礼として手渡すなど、コミュニケーションの道具として使ってくれたそうです。また、その地には、毎年年末に宮司が白い切り紙(御幣や神棚飾り)を切り、氏子たちがそれを神棚に飾って一年の神様の力の移り変わりを視覚的に体感するという、中国の農村と同じ地続きの文化が残っていました。「どんなに大変な状況にあっても、『きりこ』と呼ばれる真っ白な切り紙が新しく飾られることで、また新しい一年が来るという心の支えになる。今の世の中でも、切り紙が本物の力を発揮している現場があることを、驚きとともに学ばせてもらいました」と下中さん。暮らしの中で息づく紙文化。紙は単なる素材ではなく、人と人を結びつける媒体であることを改めて実感したそうです。

中国の農村部で受け継がれる切り紙文化「窓花」。
正月や祝い事の際に窓へ飾り、
暮らしの中で幸福や豊穣への願いを表現する伝統的な装飾として伝承されている。

宮城県南三陸町に伝わる神棚飾り用の切り紙「きりこ」。
新しい年を迎えるための祈りの象徴であり、毎年新しいものに取り替えることで、人々は神様の力の移り変わりや季節の巡りを実感する。

現在、下中さんは全国各地で紋切り遊びのワークショップを開催しています。そこで大切にしているのは「教えすぎないこと」。単に作り方を懇切丁寧に解説するのではなく、参加者自身が手を動かし、試行錯誤する「余白」をあえて残すことにあります。「昔の本は全然親切じゃなくて、絵が描いてあるだけで折り方も書いていない。だけど、だからこそ自分で考える余地があり、『あ、そういうことだったか!』と自分で発見する楽しさがあるんです。親切すぎる余計なお世話をしないこと。ワークショップでも、その『気づき』の瞬間を一番大切にしています」と下中さんは話します。

実際のワークショップで、最初は型通りに作っていた参加者も、時間の経過とともに「ここを少し変えて切ってみたらどうなるだろう」と、自ら型をはみ出し始める。そのプロセスこそが「型破り」の語源そのものであり、現代の教育や表現において最も見失われがちな「心が震えるものづくりの原点」なのだと下中さんは考えているそうです。「型があるから型破りができるんです。長い年月をかけて磨かれてきた型の美しさを知るからこそ、自分なりの表現へと踏み出せる。それは創造の本質であり、学びの本質でもあります。個性を出しなさいと言われても難しい。でも夢中になって続けているうちに、その人らしさは自然ににじみ出てくるんじゃないかと思っています」(下中さん)。
ワークショップに使う道具は、ハサミやカッター、そして美しい色彩の和紙のみという極めてシンプルなもの。下中さんは、埼玉県比企郡小川町周辺で生産されている「小川和紙」を使用しています。「手漉きよりも繊維が引っかかりにくく、カッターの刃が通りやすい機械漉きの和紙を長年愛用しています。手触りがよく美しい素材だからこそ、できたものを大切にしようとする気持ちが生まれるんじゃないかと思います」と下中さんは微笑みます。

近年、生成AIをはじめとするデジタル技術が急速に進歩し、苦労して調べたり手を動かしたりせずとも、瞬時に「答え」に辿り着ける時代になりました。しかし下中さんは、その利便性の陰で人間が本質的な何かを手放しつつあるのではないか、と警鐘を鳴らします。
「腑に落ちる。つまり自分の血や肉になる感覚というのは、どんなにささやかなことであっても、自分の手や体を通した体験からしかスタートしません。紙という素材は、失敗しても『切れちゃったら貼りましょう』と言える、人間の手出しを許してくれる存在です。AIがどれほど優れた情報を与えてくれても、自分で手を動かして『できた!』と胸をときめかせた瞬間の感覚だけは、人間の心に残り続けるんじゃないかと思うんです」(下中さん)。
下中さんがこれまでに復元・考案した紋切りの型は、今や500を超えています。年齢や国籍を問わず、3歳の子どもから80代のお年寄りまでが同じテーブルを囲み、お互いの作った紋切りを見つめて「いいね」「かっこいいね」と心から称え合う。そこには、効率や論理だけで割り切ることのできない、人間らしい豊かな時間と場の力が満ち溢れています。「先人が遺してくれた素晴らしい型の文化に、私たちは下駄を履かせてもらっているようなものです。言い換えれば、歴史という大きなつながりの中で遊ばせてもらっているわけです。このささやかな手作業から始まるウロウロとした道草の楽しさを、これからもたくさんの人たちと共有していきたいですね」。紋切り遊びには、何百年もの時間の重なりと、人間の泥臭くも愛おしい知恵が、今も確かに息づいています。

今回の付録は下中菜穂さん制作・監修の「紋切り遊び」をお楽しみいただけます!
切り抜いた紋をただ眺めるだけでなく、暮らしの中で使ってみましょう。
七夕の飾りにしたり、うちわに貼ったり、吊るしてモビールにするなどして、季節を楽しんでください。