一枚の黒い紙と刃先の尖ったデザインナイフ一本で自らの表現を追求し続ける切り絵作家、斉藤洋樹さん。春光を纏って咲く桜や水面に揺れる光の粒といった日常の情景を、繊細な線と重なり合うレイヤーで描き出すその作品は、見慣れた景色の中にある特別な瞬間をすくい上げるような不思議な魅力にあふれています。紙という素材の特性を活かし、繊細な技術によって、光を捉える独自の作品を発表し続ける斉藤さんに、創作の原点と未来への想いをうかがいました。

切り絵作家
斉藤 洋樹さん

1993年長野県生まれ。高校時代に切り絵と出会い、独学で独自の彩色技法を確立。2014年より作家活動を開始。緻密で幻想的な風景作品がSNSを中心に話題を呼び、テレビや雑誌などメディアでも多数取り上げられる。銀座蔦屋書店での個展「旅の案内人」をはじめ、全国各地で展示会を開催。2019年長野県工芸美術展奨励賞受賞。

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山の気配と街の息づかいが重なり合う、静かな美しさを湛えた街・長野市。作家・斉藤洋樹さんの切り絵には、彼が生まれ育ったこの街の澄んだ空気のような透明感と山影が落とす柔らかな陰影、山々に降り注ぐ朝の光のような眩さが溶け合う叙情的な美しさがあります。
「日常の中で、ふといつもの景色が美しく見える瞬間があるんです」。その言葉どおり、斉藤さんが作品のモチーフに選ぶのは、特別な名所ではなく都会の片隅で咲く桜や川沿いのビル群、時には雨粒のついたビニール傘といった何気ない日常の断片が大半。実在する風景をモデルにするゆえに、いつもの暮らしの中にも美しさがあることを再認識させられます。
斉藤さんの心象を表したような作品はSNSに公開するたびに拡散され、テレビなどのメディアでも多く取り上げられたことで幅広い層からの人気を獲得。東京都内や地元・長野県での展示会は好評を博し、ますます注目度が高まっています。

 


斉藤さんの作品づくりは、まず日常生活や旅先で心惹かれた風景を写真に収めることから始まります。「普段の散歩や一人旅に出た時に、美しいと思える瞬間を写真に収めるようにしています。それに、電線や信号機、フェンスなど、緻密なゆえに”切り絵のしがいがある“構図は、意識的にストックするようにしています」。
モチーフにする写真が決まると、まずコピー用紙に印刷。それをデザインナイフの刃が入りやすい切り絵用の黒い紙(「do Art. 濃黒切り絵用紙・極(のうこくきりえようしきわみ)」発売元:カワチ画材Kawachi Art Supplies)の上に重ね、仮留めした状態で重ね切りしていきます。”切り絵“は、紙をハサミやカッターで切り抜き、台紙に貼るなどして人物や動物、風景などを表現する絵画技法の一つです。一般的には、強度を保つために線を太く残すものですが、斉藤さんの作品は電柱のワイヤーや植物の葉先などを驚くほど細くカット。限界まで細切りした0.1ミリほどの極細ラインを維持しながら、作品全体のバランスを取っています。

『蛍になれる場所』(2025年)
川沿いの遊歩道から見える橋梁と光の揺らぐ水面をモチーフにした作品。裏側から墨と透明水彩などで着色した和紙を貼付した。

『届かない場所』(2024年)
金網の質感や細かな明暗を出すために、あえて輪郭線は残さずに着色した。

長時間にわたって緻密な作業を繰り返すため、集中力を維持する秘訣を聞くと、「たしかに細かい作業ではありますが、始めと終わりの時間、休憩時間を決めて進めているので、あまり苦に感じていません」と斉藤さん。その作業を眺めていると、写真の輪郭をそのままなぞるのではなく、影になっている部分や光を通したい部分を見極めながら、デザインナイフで丁寧に切っていることに気付きます。「僕の作品は、1枚の黒い紙を切って終わりというものではなく、切り抜いた部分と同じ形のパーツを別の紙に用意し、着色したうえで裏から貼り付けていきます。着色した和紙や水彩紙などの紙素材を重ねていくことで、色の濃淡や光の透け具合を調整しています。今はあえて輪郭線をなくす表現方法を取り入れたり、光が丸くぼけて浮かび上がる”玉ボケ“のような表現など、新たな試みにも挑戦しています」。斉藤さんは光の透過率が異なる紙素材を巧みに組み合わせることで、複雑な色のグラデーションや水面の揺らぎのような繊細な表現を可能にし、単なる“精密な模写”を超えた芸術作品に仕上げているのです。

『言ってしまったら戻れなくなる』(2025年)
墨と透明水彩などで着色した和紙を貼り、色彩の細かな違いによって雨粒の質感を表現した。

『きみと出会った後の世界』(2023年)
背景の星空は、ポスターカラーで描いた後、歯ブラシに絵具を付けて吹き付けた。

また、制作に使う道具は、基本的にデザインナイフ一本のみ。刃の種類も長年同じものを使い続けているといいます。「細かな接合の際にピンセットを使うこともありますが、制作のほとんどはデザインナイフだけで行います。シンプルな道具だからこそ、自分の線がそのまま出ると思っています」。

全体的な明暗を確認し、桜の花びらの「光の当たりが少ない奥になる部分」からカットと着色を進めていく。切り抜いた細かい点によって、点描画のような繊細な陰影や質感を表現している。

絵を外した切り絵用紙。作品の背景となる。

 

何層もの細い線によって描かれた、花火をモチーフにした切り絵。裏面に着色した紙を何層にも貼り重ねることで、夜空に鮮やかな色が放射状に広がる。

斉藤さんが切り絵に出会ったのは、高校時代のこと。地域の人と一緒に学ぶ特別授業で切り絵を体験し、感銘を受けたそうです。「紙にナイフを入れた瞬間に、自分はこれだなっていう衝撃がありました」と斉藤さん。その後、美術の道を志した時期もありましたが、スランプを経験したこともあり断念。スポーツトレーナーを養成する専門学校へ進学したものの、企業研修を重ねるうちに自分の将来に対する違和感が募っていったそうです。「このまま進めば安定した生活を送れることはわかっていましたが、将来の自分の姿が想像できなかったんです。結果として、卒業直前に内定を辞退。家族が“自分で決めた道を進めばいいよ”と背中を押してくれたこと、周りの人たちが“プロになりなよ”と言ってくれたことが支えになり、切り絵作家として生きる道を選びました」。

その後、アルバイトと並行して作品づくりを続け、2014年に初の作品展を開催。それを機に本格的な作家活動を開始し、全国各地で個展やグループ展を重ねてきました。「切り絵には写真では伝わりきらない魅力があります。その立体感や奥行き、紙の質感は、実際に観ないとわからないものですし、光の当たり方や距離によって作品の印象が変わります。ぜひ実物を見ていただき、切り絵には幅広い表現方法と奥深い魅力があることを知ってほしいですね」。
紙を切るというシンプルな創作の中に、時間や感情、記憶が折り重なる斉藤さんの作品。その表現の幅はこれからも広がり続けていくに違いありません。




『消えていったひとりごと』(2025年)
木々の細かな明暗を表現するために、着色した何色もの和紙を裏から貼り付けた。

グループ展・個展

「HALO! claiz グループ展Halo world vol.3」
会期 :2026年9月18日(金)~20日(日)
会場 :デザインフェスタギャラリーDesign Fest Gallery EAST 2F
(東京都渋谷区神宮前3丁目20-2)
入場料:無料

「切り絵作家斉藤洋樹個展 -約束の場所- 」
会期:2026年12月18日(金)~21日(月)
会場:デザインフェスタギャラリーEAST 2F
(東京都渋谷区神宮前3丁目20-2)
入場料:無料

オンラインショップ

 

 


 

香水柄の切り絵を印刷したアクリルキーホルダー。※サイズ約50㎜。
その他にもアクリルブロックやパスケースなど、様々なグッズが販売されています。


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