四角いボックスと一体となった、ユニークなモチーフの立体造形作品。飾って眺めるオブジェとしても十分楽しめるものですが、実は丸いハンドルを回すとパーツが動き出す「からくり」を含んだペーパークラフト作品なのです。緻密な設計とひねりの利いたユーモアが融合したその作品は、誰もが思わずクスっと笑ってしまうウィットに富んだシーンを表現しています。平面の紙が立体となって動き出すペーパークラフト作品の魅力について、ペーパーエンジニアの坂けいすけさんへのインタビューから紐解いていきます。
ペーパーエンジニア/グラフィックデザイナー
坂 けいすけさん
1965年生まれ、富山県出身。神戸大学文学部を卒業後、桑沢デザイン研究所にてグラフィックデザインを学び、在学中から複数のデザイン事務所に勤務。1994年に独立後、3年間のデンマーク滞在を経て、2000年に友人とともにデザイン事務所「図工室」(東京都渋谷区)を設立。代表作となる『からくりペーパークラフト』シリーズは幅広い世代から人気を集め、国内外にファンを広げている。
https://www.keisukesaka.com/
まな板の上でぴちぴちと跳ねながら最後の足掻きを見せる鯉や、いつか空を飛びたいと必死に羽ばたきをするペンギンなどのユーモラスなワンシーン。さらには残り一切れのピザを前に様子をうかがい合う2人や、退屈な映画に眠くなり座席からずり落ちそうになる男性など、日常にあるどこかコミカルな光景。
ペーパーエンジニア・坂けいすけさんの作品には、思わず笑みがこぼれてしまう、エスプリの効いた独自のエッセンスが盛り込まれています。その世界観を表現するうえで大きな役割を担っているのが、紙でできた「動く仕掛け」です。モチーフとセットになったボックスには、ギアやクランク、カムといった複雑な動きを生み出す機械要素が組み込まれており、側面のハンドルを回すと「からくり」が作動。モチーフのパーツが動くことで、時に愛らしく、時に茶目っ気のある予想外の物語が始まります。
まないたの上
ペンギンの見果てぬ夢
遠慮のかたまり
退屈な映画
そのアイデアの源について聞いてみると、「日常のあるあるに加えて、物語や映画、時にはことわざや慣用句にヒントを得ることもあります。タイトルだけが先に決まる作品もあるんですよ」。モダンオートマタ(現代の西洋式機械人形)の本場イギリスでは、動きの精緻さを競う古典的なからくり人形とは異なり、シンプルな中にも風刺や皮肉を効かせた作品が数多くつくられているそうです。「生来のあまのじゃくな性格もあって、その影響を受けている部分も多いと思います」と坂さん。
また、からくり作品を考える際、坂さんは二つの方向性から発想を広げていくそうです。「ひとつは、モチーフと動きを最初に決めて、それを具現化するための仕掛けを考えるパターン。猫が仰向けになって身体をよじらせる『へそ天』という作品は、猫の動きが面白そうだなという発想ありきで創作した作品です。もうひとつは、仕掛けの動きをひたすら眺め、その動きからモチーフを連想するパターン。ベースになるさまざまな仕掛けから、その動きを何に見立てるかを考えていきます。どちらにしても、ぼんやりとしたアイデアの断片が常に頭にあって、いろんなものを見たり考えたりするうちに新しい形に結びついて、ひとつの作品が生まれるわけです」(坂さん)。
へそ天
カンガルー・ケア
素顔の白鳥
アオウミガメの涙
こうした試行錯誤の末に完成した作品は約60点。そのうち40点以上は、展開図や説明図がセットになった工作キット(PDF形式)として、データ販売されています。「私のつくる作品は、他の人がつくるという前提で設計したものが大半です。そのため、説明の『わかりやすさ』や、誰もが気軽に組み立てることのできる『つくりやすさ』も大切になってくる。さまざまな制約がある中で知恵を絞って細かく設計する仕事のスタイルが、自分に合っているんだと感じています」。
日本におけるからくりペーパークラフトの先駆者として長く活躍を続ける坂さんですが、現在に至るまでの道のりにはさまざまな迷いや苦悩があったそうです。坂さんは富山県で生まれ育ち、兵庫県にある大学に進学したものの、専攻は芸術や「からくり」の基礎となる機械工学などではなく文学部。「本が好きという安易な理由から文学部に進みましたが、当時は”男一人どうにかなるだろう“という根拠のない自信もあって就職活動をせずに卒業。絵やデザインにも興味があったので、デザイン系専門学校の夜間部に入学しました。夜は学校でグラフィックデザインの基礎を学び、昼間はデザイン事務所に勤務。版下づくりや写植指定など手を動かす緻密な作業は好きだったんですけど、毎日猛スピードで大量の仕事をこなす目まぐるしさや、常に新しいものを生み出し続ける仕事のサイクルに違和感を覚え、約3年でデザインの仕事に一旦区切りをつけることにしました」(坂さん)。
当時はバブル経済による好景気だったこともあり、デザイン業界も多忙を極めていた時代。常に流行を先取りするアイデアが求められる仕事に疑問を感じた坂さんは、アルバイトで資金を貯めたのち、1年間、バックパッカーとして世界を巡る旅に出ました。「海外には気楽に生きている人がたくさんいることを知れたことは収穫でした」と坂さん。
ためらう男
シーシュポスの岩
シュレーディンガーの猫
大脱走
帰国後、再びデザインの仕事に戻り、20代後半で独立したものの、家庭の事情でデンマークに移住することになります。「3年間、デンマークで生活することになりましたが、労働ビザを持っていないので働くことはできない。完全にフリーな毎日の中で、かねてから興味のあった組み立て式のペーパークラフトにのめり込むようになりました」。
渡航前、デザイン事務所に勤務していた頃から、わずかな時間を見つけては遊び半分で余った紙を使ってポップアップカードや切り絵といったペーパークラフトの創作を続けていたという坂さん。当時は、雑誌の付録をつくる紙工作作家の方に話を聞きに行ったり、仕事の手伝いをさせてもらったりしたこともあったそうです。その後、思いがけず過ごすことになった異国の地で新たな刺激を受け、時間をかけて自分が本当に好きなことに向き合い打ち込んだことで将来についての迷いが一気に晴れたそうです。
魔法のレシピ
社会的距離
間の悪い訪問者
バベルの塔
坂さんは、デンマークに滞在している期間を使って「からくり」の仕掛けについて学び、作品の試作を繰り返す日々の中で、北欧風デザインの椅子をモチーフにした紙製工作キットの販売にも着手。自身が設計した作品づくりを楽しむ地元の方々の姿に、心からの喜びを感じたそうです。
「帰国後、日本でペーパークラフトの展示会に出展した際、お子さんはもちろんですが付き添いで来た大人も、思わず笑みをこぼす姿を見ることができた。私の作品は年齢を問わず楽しめるものばかりなので、より多くの方が、平面の紙に手を加えることで立体になっていくペーパークラフトの面白さ、組み立てた作品が動く楽しさを味わってほしいですね」。
坂さんが手掛けるのは、人間や動物だけでなく、建築や家具、乗り物をモチーフにした立体ペーパークラフト、さらには乳幼児向けの仕掛け絵本など広範囲に及びます。誰もが日常的に親しむ紙に、「楽しさ」や「驚き」という付加価値をもたらす坂さんの創作活動に終わりはありません。
坂さんのペーパークラフト作品やからくりモデルなどを収録した著書。
左から、『からくりの素』(2007年/集文社)、
『KARAKURI WORKSHOP - Making Paper Toys That Move』(2021年/Alphabet Education・インド)、
『KARAKURI - How To Make Mechanical Paper Models That Move』(2010年/St.Martins Griffin・アメリカ)
坂さんが構造設計とブックデザインを担当するしかけ絵本『あかちゃんがよろこぶしかけえほん』(作・ひらぎみつえ/ほるぷ出版)。
刊行から10年でシリーズ30冊を数え、総発行部数は300万部を突破。台湾や韓国、中国でも翻訳版が出版されている。

