語りかけるような優しい眼差しやユーモラスな表情の動物たち。秋山美歩さんは紙を使った立体造形を通して、動物の生命感を表現するアーティストです。自由な発想と色豊かに彩られた作品は、一瞬にして観る人の心を和ませる魅力があります。また、秋山さんは教育者として、幅広い世代に紙の魅力をわかりやすく伝える活動にも取り組んでいます。アートと教育という2つの側面から、紙という素材の本質を見つめてきた秋山さんのお話をうかがうために、兵庫県にあるアトリエを訪ねました。

紙造形作家

秋山 美歩 さん

 

1982年山梨県生まれ。大阪教育大学大学院芸術文化専攻修了。大学在学中より紙の動物たちをモチーフにした立体造形作品を制作。美術館、工芸館での個展のほか、海外ハイブランドとのコラボレーションによるディスプレイ作品の提供、イラストレーション、ワークショップなど多方面で活躍中。

兵庫医科大学非常勤講師(芸術学)。

https://akiyamamiho.com/

紙という素材だから表現できる可能性と、 動物たちの生命の息吹を感じてほしい。

全国的な梅雨入りが発表された6月中旬。ぐずついた空模様が続く中、編集スタッフが兵庫県西宮市にある秋山美歩さんの元を訪ねました。閑静な住宅街に建つご自宅にあるアトリエに通されると、犬や猫などの愛玩動物から大型の野生動物、さらにはチョウやクワガタなどの小さな昆虫まで、さまざまなペーパーアート作品が出迎えてくれます。

 

「本来もうちょっと姿勢がいいんですけど、梅雨なのでみんな元気がなくて。紙が湿気を吸って変形したり、日焼けで色が変わってしまうのも、紙の作品ならではの味ではありますけど」と秋山さん。

 

その作品の魅力は、まっすぐに見つめる曇りなき瞳やどこかとぼけた表情など、動物たちの個性と体温を感じる表現力にあります。

秋山さんが幼少期の大半を過ごしたのは、豊かな自然に囲まれた愛媛県松山市。徒歩3分の距離に動物園があり、頻繁に訪れては動物たちを観察していたそうです。「当時は道後公園のお堀で取ってきたザリガニなどを飼育していたし、観察した様子を絵日記に描いたりしていました(笑)。

 

両親や学校の先生が褒めてくれたことが今の仕事につながっています」。日常的に動物に触れあえる環境で育った秋山さんは、進学した教育大学で芸術文化を専攻。普遍性と革新性の両方を重視した作品づくりを進める中で、「動物」と「紙」という二つの好きなものを掛け合わせた紙の動物作品を創り始めました。

 

動物の毛並みや肌感などを表現するために使用される、色彩や質感の異なる紙。秋山さんが作品の素材として紙を選んだ理由は、「手に入れやすいし、誰もが触れたことのある素材だから」だそうです。

 

「水族館からのご依頼でサメをつくった時は、サメ肌のような質感と光沢のある紙を選ぶなど、つくる動物に合った紙を探すことからはじめています。でも、紙は実際に手で触れてみないとわからないので、購入した紙が私のコレクションになってしまうことも多いんですけど(笑)」。

秋山さんが長年、愛用している紙のひとつが、フランス・キャンソン社の「ミ・タント」という色画用紙。均一なハニカム状の紙目と凹凸が特徴で、日本ではパステル用紙として広く愛用されています。

 

「もともとミ・タントの美しい中間色が好きで、私の著書に掲載している作品の多くに、この紙を使用しています。著書出版のタイミングで、読者の方に著書にある作品を繰り返しつくってほしいとの思いから、輸入元企業の担当者の方と相談して掲載作品と同じミ・タントを全色1 枚ずつ収録したアソートセットを発売することに。また、著書にある作品を気軽につくることのできる、ミ・タント使用のクラフトキットも発売していただくことになりました」。

紙造形作家としての創作活動だけでなく、秋山さんは大学での講義やカルチャースクールなどでの工作ワークショップを通じて、紙を使ったものづくりや気軽にアートに触れる楽しさを伝える活動に取り組んでいます。そのひとつが、兵庫医科大学で芸術学を教える講師の仕事。

 

「一見無関係に思える医療現場においても、実は紙が果たす役割は大きいんです。作業療法士は手や指先のリハビリに折り紙を取り入れていますし、看護師は小児の患者さんとコミュニケーションを図るうえで、簡単な工作はとても有効なツールになります。でも、授業を受講している大学生は、工作の経験がほとんどないという方が結構多いんです。医療現場で患者さんと接する前に、まずは紙に親しんだり工作を実践しておくこと。紙を『折る』『切る』『貼る』などの簡単な動作で、自分のイメージするかたちをつくる経験は、医療の道に進む学生にはとても重要なことだと思います」。

幅広い世代を対象に、ワークショップの講師としての活動を展開する秋山さん。なかでも幼児や小学生などを対象としたワークショップでは、目標となる完成形を固定せず、個々の自由な発想で作品をつくることを大切にしているそうです。

 

「年齢に合った材料を用意して、基礎になる形づくりまでは同じようにレクチャーしますが、一人ひとりがつくりたい形にするにはどうすればよいかを一緒に考えるようにしています。大切なのは、自分が思う色を使って、良いと思う形に仕上げること。自分がつくったものに優劣がつくことが、将来ものづくりを楽しむ障害になってほしくはないし、その子が表現したいものや自分の感性を信じる心を育むサポートをしたいと思っています」

また紙という素材は、幼児教育において子どもの感情を受け止める役割を果たしていると秋山さんは話します。

 

「お絵描きや工作で何かをつくることを通して感情を表現するだけでなく、クレヨンで殴り書きをしたり、新聞紙をビリビリにちぎったりと、感情の発散にも利用されています。教育現場における紙の使い道や利用価値は、まだまだあるはずだと思います」。

 

新作「フトアゴヒゲトカゲ」製作の様子

 

秋山さんの作品は、山梨県・富士川クラフトパーク内にある「富士川切り絵の森美術館」に常設展示されており、現地に足を運べば実際に作品を観覧することができます。また、これまでに開催した個展でも多くの来場者を集めるなど、その注目度は高まりつつあります。

 

「個展には大人の方もたくさんいらっしゃいますが、帰りがけに『自分でもつくってみますね』と言われる方が多いんです。それも紙という素材ならではのことだと思います。紙は誰もが慣れ親しんだ素材だし、すぐに用意できるもの。簡単なもので良いので、大人の皆さんにも気軽に挑戦してみてほしいですね」と秋山さん。

 

最後に、読者へのメッセージをお願いすると、「私自身、生身の動物へのリスペクトがあるし、どれだけ精巧さを極めても本物を上回ることができません。だからこそ私の作品では、その動物のエッセンシャルなポイントを表現したいと思っています。さらに、動物と触れ合ったり手でつかんだりした時に伝わってくる弾力や生命力のようなものを感じていただければうれしいですね」

 

観る人の心を一瞬でほぐし幸せな気持ちにさせる作品には、秋山さんの動物に対する深い敬愛の気持ちと、紙という素材の本質的な価値への好奇心が詰まっています。

◯△□で作る紙工作

いきもの・くさばな・のりもの・たてもの

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かんたん! 楽しい!

動物と昆虫の立体切り紙工作

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