リング状に切り抜かれた紙を格子状に組み合わせた球体のペーパークラフト。複数の層を重ねることで立体的に表現するファンタジーな世界観は、光を当てることでより幻想的な美しさを放ちます。多くのファンを惹きつけるもうひとつの理由は、網目状のきれいな球体が一瞬にして平面に閉じた状態に変形すること。手にした人にサプライズを与える球体ポップアップカードの魅力について、作者の月本せいじさんのインタビューをもとに迫ります。

ポップアップカード作家

月本 せいじ さん Tsukimoto Seiji

 

1990年生まれ、兵庫県出身。2013年に作家活動をスタート。代表作となる球体ポップアップカード「SPHERE」シリーズを発表後すぐに注目を集め、同年「楽天×Dクリエイターズ秋冬ハンドメイドコンテスト」において最優秀賞を受賞。2016年には初の著書『SPHERE 不思議な球体ポップアップカード』を発刊。その独自技法による美しい作品は各メディアでも頻繁に取り上げられ、国内外を問わず高い評価を受ける。

https://icuno.stores.jp/

受け取った相手を笑顔にするような
作品の持つ驚きや美しさを追求していきたい

本のページを開くと折り畳まれた図柄が一瞬で立ち上がり、目の前に立体的な世界が広がる「飛び出す絵本」。子どもの頃に感じたあの驚きとワクワクを詰め込んだのが、この「球体ポップアップカード」です。手のひらに乗せた平面状の白い紙に、横から軽く力を入れると一瞬で立体造形に変化する不思議な面白さは、カードを受け取った相手を笑顔にするものです。

「複雑に見えるけど、それほど高度なギミックではないんですよ」。

そう笑顔で話すのは、作者の月本せいじさん。組み立ての工程を実際に見せていただくと、図案に沿って切り抜かれたリング状のパーツを切り込みに合わせて嚙み合わせるように接続していくことで、徐々に格子状の球体が組みあがっていきます。

「球体にしたときにリングの切り込みが内部で噛み合い、カチッとロックがかかる構造になっています。その逆に、やさしく力を加えることで球体が崩れると噛み合った歯の部分が引っ込むのでぺたんこの状態に戻ります。設計を考えている段階では0.1ミリ単位での調整を繰り返す苦労がありましたが、この技法にたどり着いたとき、これならいけるかもという確信がありました」。

独自の設計によって生み出された彼の作品は、まるでマジックのような立体アートとして、瞬く間に大きな話題を呼ぶことになりました。

1⃣タブレットで描いたイラストのスケッチをパソコンに取り込み、微調整を加えながら図案化。2⃣圃パソコンで球体設計図を制作して、モチーフを組み合わせていく。3⃣~6⃣その後、 プリンターで出力したデザインをプロッタ でカットし、リング状のパーツを切り込みに合わせて組み上げることで作品が完成する。

月本さんの作品が幅広いファンを惹きつけるもう_つの理由は、球体フレームの内部に複層的に描かれる繊細な切り絵にあります。そのテーマは、「白雪姫」ゃ「赤ずきん」などの童話、「不思議の国のアリス」や「オズの魔法使い」といった児童文学など、ファンタジーな世界を題材にした作品が中心。主人公や動物たち、草花などのシルエットや装飾文字などを各階層にわけて配置することで、構成バランスのとれた奥行きのある作品に仕上がっています。

 

「すべてのモチーフを重ならないようにきれいに並べるのではなく、意図的に一部が見えるようにデザインしています。見る人が作品を手に取り、角度を変えながら楽しんでほしいと思っています」と月本さん。また、切り絵のシルエットはフリーハンドによるやわらかいテイストを残すことを意識してデザインしているそうです。

 

「球体自体は無機質なもの。だからこそ球体の中に組み込むモチーフは有機的で温かみを感じられるものにすることで、作品全体のバランスをとるようにしています」。

 

球体ポップアップカードは、光を当てることでその魅力が引き立つ効果も。光の色や照射する角度によって切り絵の輪郭がより際立ち、その複雑な陰影によってなんとも神秘的で美しい世界が浮かび上がります。

「白雪姫(特大サイズ28㎝)」

「ギア(歯車球体)」

「春(卵型)」

「パズル(動く球体)」

「シンデレラ(扉付き球体)」

「グリフォン(動く球体)」

「ねこ(アニマル)」

「フェアリー(球体)」

月本さんが作家としての活動を始めたのは2013年のこと。保育士になるために大学で学び、卒業後は保育士として働き出したものの、体調を崩したことを機に退職。もうひとつの夢であった「飛び出す絵本作家」になることを目標に、創作活動を始めました。

 

「保育士時代、子どもたちの誕生日に立体的なバースデイカードをつくるのが楽しかったんです。第二の人生を始めるにあたって、好きなことに本気で取り組んでみたらどんなものができるのか挑戦してみようと思い立ちました。もともと飛び出す絵本の作家に対する憧れはありましたが、物語を創作するのは難しい。でも、“仕掛け”を考えることには自信があったので、絵本ではなく図柄が飛び出すカードならできるんじゃないかと考えたわけです」。

 

月本さんは子どもの頃からものづくりが好きだったものの、プラモデルなど説明書どおりに組み立てるものにはあまり興味がなく、遊び道具やルールを自作し友だちを集めて遊ぶのが好きだったそうです。

 

「3歳の頃にはサイコロの展開図をつくっていました」ということからも、目にするものを立体として捉える空間認識に長けていたことがわかります。

誰に習うでもなく、独学で得た技法を確立し、オリジナル作品を追求してきた月本さん。作品づくりにおいて、彼が自らに課す制約のひとつが素材を紙に限定すること。

 

「ポップアップカードの作家として生計を立てるために工場で生産して大量に売ることも考えましたが、確実に売れる商品でないと、どの企業も相手にしてくれない。だったら、メーカーさんに頼らず自分ひとりの力で生産すればいいんじゃないかと考えたんです。紙だったら自分で印刷・加工ができるので生産コストの課題もクリアできるし、大量生産による在庫管理のリスクも低い。それに、糊やテープを使わず紙だけでつくるという条件があるからこそ、作品の驚きや美しさを追求する楽しさがあるんです」。

 

材料には、組み立てるのに適した表面強度と平滑性の高いケント紙を選んで使用しているそうです。

「現在はアートイベントや展示会での販売と並行して、固定の雑貨店に販売業務を委託することで創作活動に専念する時間が増えました」と話す月本さん。今後の抱負を尋ねると、

 

「球体のフレームをベースに、歯車を回すとモチーフが動く作品を増やしていきたいですね。あとは、サイズの大きいものや球体から飛び出すように、どんどん上にせりあがる作品もつくっていきたいと思っています。僕の作品は高尚なアートではなく、あくまでも日常のシーンを彩るアイテムであり、生活に密接したもの。贈り物にプラスすることで、受け取った方の笑顔が増え、部屋に飾ることで心が安らぐなど、送り主の気持ちに付加価値をもたらす作品づくりを続けていきたいですね」。

 

常に現状のレベルを超えた作品をめざしているという月本さん。今後、さらに進化する作品に注目です。

BOOKS

これまでに4冊の著書を発刊。左から、「SPHERE不思議な球体ポップアップカード」(2016年・グラフィック社)、「GEAR WORLD歯車で動くポップアップカード」(2019年・グラフィック社)、「4つのカタチが楽しい立体ポップアップカード」(2021年・グラフィック社)、「世界を旅するポップアップカード」(2022年・ブティック社)。

EXHIBITION

  デザインフェスタvol.61

  会期:7月5日(土)・6日(日)
      10:00~18:00
  会場:東京ビッグサイト 西&南館

 ペーパーワンダーランド2025 in 浅草橋
 会期:7月26日(土)・27(日)
     10:30~17:00
 会場:浅草橋ヒューリックホール

STORE

  【取り扱い販売店】
  不思議かわいい雑貨店 アランデル
  住所:東京都世田谷区奥沢3-44-3
  営業日:月・木・金・土・日曜日
      (火・水曜日定休)
  営業時間:11:00am~18:00pm
  ECサイト:https://arundel.shop-pro.jp/