
結納や結婚式などのお祝い事、あるいは不祝儀など、人生の節目に触れる「水引」。近年では、冠婚葬祭などのかしこまった場だけでなく日常でも目にする機会が増え、和装にも洋装にも合うアクセサリーとして、また空間を彩るインテリア装飾としてなど、魅せるアートとしても注目を浴びています。津田水引折型は、石川県の希少伝統工芸に指定されている加賀水引唯一の工房です。加賀百万石の雅が息づく「加賀水引」の魅力について、5代目津田六佑さんの言葉を交えてご紹介します。

加賀水引
津田水引折型
5代目 津田六佑さん
加賀水引 津田水引折型
住所: 石川県金沢市野町1-1-36
TEL: 076-214-6363
営業時間:(平日)10:00~18:00
(土曜)10:00~12:00
定休日: 日曜日・祝日
水引体験教室の予約・問合せは、2営業日前まで
ホームページ: https://mizuhiki.jp/

加賀水引は、言葉の代わりに美しく包むことで思いを表現するラッピングスタイル。
「気持ちを伝える」という本質を大切に、人と人のつながりを生み続けていきたい。

「水引」は、相手を敬う気持ちを大切にする日本独自の礼儀作法から生まれた伝統工芸であり、結婚祝いや出産祝い、結納の品や新年を迎える飾りなど、私たち日本人の暮らしのなかに深く根づいています。「水引って、簡単に言うと日本の伝統的なラッピングなんですよ」。そう話すのは、石川県金沢市の希少伝統工芸「加賀水引」を継承する津田水引折型の津田六佑さん。100年以上の歴史を持つ加賀水引細工の老舗の5代目として、初代・津田左右吉さんが考案した折型や水引細工をベースとした結納品や祝儀袋をつくり続けています。


「水引というと、贈答品の包み紙などにかける紅白や黒白などの飾り紐をイメージされる方が多い。それも間違いではないのですが、水引折型の基本は、白い和紙で『包む』、水引で『結ぶ』、贈る人の気持ちや名前を『書く』というこの3つが揃うことではじめて成立するものです。相手を思う気持ちを直接言葉で伝えるのではなく、包みの造形や水引細工、色や結びの使い方、毛筆の文字を組み合わせることで間接的に思いを感じてもらうもの。水引は日本人ならではの奥ゆかしさや、さりげない気遣いを表現するためのラッピングスタイルなんです」。
日本文化は「察しの文化」とも言われます。自分の感情を謙虚な姿勢で間接的に表現する「水引」は、日本人が大切にしてきた気品と美意識、繊細さが生み出した趣ある文化といえます。
水引は、細長く切った紙を縒った紙縒りに水糊を引いて乾かし固めたもの。紙の代わりに絹糸を巻いたものや、色つきの紙縒りにラメ糸の入ったフィルムが巻かれたものなど、色や材質、光沢や巻き方の違いを組み合わせた何百もの種類があります。その歴史は古く、飛鳥時代を起源とする説や室町時代の日明貿易をはじまりとする説など諸説あります。「聖徳太子の時代、隋に派遣された小野妹子が持ち帰った品物に紅白の紐が結び付けられていたのがはじまりという説があります。
その紐は、日中交易で海賊や海難から身を守る魔除けの意味や、中身がすり替えられていない未開封である証として、また日本と中国の友好関係が長く続くように願う意味が込められていたなど、さまざまな説があります」と津田さん。その贈答品に紐をかける慣習が、小笠原流礼法によって高貴な階級の格式あるマナーとなり、明治後期になって津田水引折型の初代・左右吉さんは、小笠原流を学んだのち1915年頃に結納業をはじめました。しかし、結納や祝儀袋の複雑な折型をきっちりと折り畳むのはかなり難しかったので、試行錯誤の末にふっくらとしたままであえて折り目を付けず水引で引き結ぶことに。技術的な粗が目立たず、ボリュームのある華やかなフォルムを完成させました。


結婚披露宴などに用いられる豪華絢爛な「酒樽飾り」。

津田水引折型で販売している祝儀袋。かたちやデザインに合わせた筆耕サービスも。

2代目・津田梅さんによる水引細工で制作された具足(甲冑・鎧)。

加賀水引の初代・津田左右吉さんが約100年前に制作した雛人形(内裏雛)。1924年に昭和天皇に内裏雛と具足を献上。1926年には幼馴染みの作家・泉 鏡花に内裏雛を贈答した。

「お札を贈るラッピング」として考案した祝儀袋「wrap(ラップ)」。

和装、洋装どちらにも合う「水引コサージュ」。

水引を編み込んで制作した2025年の干支「巳」。

また、それに合わせる水引細工も基本となる『あわじ結び』を応用して、鶴、亀、松竹梅の吉祥を立体的に表現するなど独自のスタイルを確立していきました。流儀を聞かれた本人は『無茶苦茶流と申し候』と語ったそうですが、小笠原流の基本を土台として華やかにアレンジした新しい作風は一般に広く受け入れられ、皇室献上など数々の栄誉を受けたそうです。二代目になると、『希少伝統工芸加賀水引細工』として定着し、全国に広く知られるようになりました」。
また、才知にすぐれた初代・津田左右吉さんは、自ら考案した図案集を持って、生水引の産地である長野県飯田市などを訪問。図案にしたアイデアを伝授する代わりに、新しい色の生水引を生産してほしいとお願いすることで、表現の幅を広げていったそうです。

水引アクセサリーブランド「knot (ノット)」。

アクセサリー類のほかにも、テーブルウェア、ウェディングアイテムも取り揃える。
加賀水引を唯一継承している津田家に生まれた津田六佑さんは、大学卒業後、家業を継ぐことなくインターネット関連企業に就職。約10年にわたってウェブの企画構成やデザイン、プログラミング、ネットショップなどの仕事に従事してきたそうです。家業を継ぐきっかけになったのは、2015年に東京と金沢をつなぐ北陸新幹線が開業したこと。「これから金沢を訪れる人が増えるし、伝統工芸が注目されるのは間違いない」と思い、水引を仕事にしようと決意したそうです。「幼い頃から何かをつくるのが好きだったし、日常的に水引を目にする機会はありましたが、基本を学びはじめたのは働き出してから。技術を習得する以上に大きかったのは、いち早く水引の本質に気付けたことですね。100年以上受け継がれてきた加賀水引という伝統工芸を守ることは重要だけど、大切なのはその技術ではなく贈り主が相手を敬う気持ちが伝わり、こころを結ぶコミュニケーションを生み出すこと。そこを起点にして、変えていい部分と変えてはいけない部分を判断すれば、新しいものづくりが展開できると考えるようになりました」。
水引が持つ本来の目的や意味を本質的にとらえた津田さんは、伝統的な水引製作と並行して時代のニーズに合った新しいプロダクトの開発に着手。水引細工の技術を応用したイヤリングやネックレス、髪飾りなどのアクセサリーブランドを立ち上げました。ブランド名の「knot(ノット)」は、「結び目」という意味だけでなく、否定語「not」の意味を重ねたネーミングにすることで、水引の本質から外れていることを表しているそうです。「このアクセサリーをきっかけにして水引の素晴らしさや本来の意味を知るきっかけになればいいんじゃないかと。見た目の良さで買ってくれるお客さまが多いんですけど、その場で本質やストーリーを解説するよりも興味を持った人があとで調べてくれた方がより深く知っていただけると思うので」。

黒で統一した工芸品群「#000 ブラック工芸」

津田水引折型が空間装飾を手掛けた、加賀水引をテーマにしたコラボカフェの店内。「OMO5金沢片町 by 星野リゾート」1Fに夜限定でオープンする。
贈る人の気持ちを相手に伝えるという本質は残しつつ、現代のコミュニケーションツールとして開発した商品はほかにも。不要な機能を削ぎ落とした祝儀袋ブランド「wrap(ラップ)」や、加賀獅子頭、加賀てまりなど金沢の伝統工芸品のフォルムの美しさを引き立てるために黒一色に彩色したブランド「#000 ブラック工芸」など、本質を見極めたプロダクトシリーズを展開しています。「そのほかにも、企業や宿泊施設からご依頼を受けて水引細工を使った1点もののアート作品の制作や監修、インスタレーション作品の展示を行っていますが、それらはすべて水引の本質に気づいてもらうために行っているもの。自分が手掛けた水引で、ほんの少しでも水引の本質に気づいてくれれば嬉しいですね」。
同じ贈り物でも、相手を思う気持ちが格段に高まる加賀水引。大切な方への贈答品にぜひどうぞ。

出展イベント
「knot(ノット)」「#000 ブラック工芸」を中心に出展予定。
①「金沢・加賀・能登展」
会期 : 1/11(土)~17(金) 会場 : 阪急うめだ本店 9F
②「楽しい伝統工芸」
会期 : 2/25(火)~3/3(月) 会場 : そごう横浜店 6 F
③「Kyoto Crafts Exhibition DIALOGUE」
会期 : 3/12(水)~15(土) 会場 : ホテル カンラ 京都