緻密に計算された構図に基づき切り抜いた紙を幾重にも組み合わせ、街の風景や人々の振る舞いをリアルに描き出した造形作品。質感や色の異なる紙でつくられるこの半立体絵画には、切り取った風景を再現した緻密な美しさだけでなく、表情豊かな人々が織りなす日常の小さなドラマがあります。人の心の奥にある感情を揺らす作品に隠された魅力について、作者である太田隆司さんの言葉からひも解きます。

ペーパーアーティスト

太田 隆司 さん
Takashi Ohta

 

1964年、東京都清瀬市に生まれ、日本大学藝術学部美術学科卒業。1995年に自動車専門誌「CARGRAPHIC」で「PAPERMUSEUM」の連載を開始。2002年テレビ東京の「TVチャンピオン」ペーパークラフト王選手権で優勝。ほか受賞歴多数。「神の手●ニッポン展」への出品や、全国の美術館、博物館等で多くの個展を開催する。ドラマのオープニングタイトルバック制作や商品プロモーションの提案など、多方面で活躍中。

西武池袋線の前身である武蔵野鉄道の駅として大正13年6月11日に開業した「清瀬駅」。その100周年を祝う記念事業として地元出身の太田さんが制作した清瀬駅をモチーフにした作品。駅西側にある線路とストリートが交わる踏切から駅舎を見た構図には、清瀬に暮らす人々や犬、クルマや鉄道車両など、過去と現代が交じり合いながら時空を超えて混在する。

私たちの暮らしの中にある身近なシーンを切り取り、そこで語らう人物や愛くるしい表情の犬、光沢までリアルに表現したクルマなどを登場させることで、味わい深い物語を紡ぎ出す。ペーパーアーティストの第一人者として活躍する太田隆司さんの作品には、リアルな描写を超える驚きと楽しさ、人間味のあるユーモアが詰まっています。


太田さんがペーパーアートの制作を始めたのは、日本大学藝術学部を卒業して数年後のこと。精密な描写を得意としていた太田さんは、オリジナリティのある表現を模索するなかで、線画に沿ってカッティングした紙を何層にも重ねて奥行きを表現する、新しい技法に行きついたそうです。「幼い頃から絵を描くのが好きでしたが、リアルな写実だけでは生き残れない。そんな思いから、紙を重ね、湾曲させることで陰影をつくり出す技法を思いつきました」

そんな太田さんが大きな転機を迎えたのは1995年のこと。自動車専門誌『CARGRAPHーC』での連載が決まり、毎月新作を制作する多忙な日々がスタートします。「読者は無類のクルマ好きだし、ディテールや表現にこだわる方が多いので細かいご指摘をいただくこともありましたが、愛のあるねぎらいの言葉として受け取っていました(笑) 。26年間続いた連載をきっかけに、たくさんの方に知っていただく機会になりました」(太田さん)。毎月、誌面上で発表される新作は話題を呼び、翌年には初の個展を開催。その後、各メディアでも大きく紹介されたことで、企業や全国の自治体、美術館などから制作依頼が殺到するようになったそうです。

 

太田さんの作品の真骨頂は、質感の異なる何十種類もの紙を使い分け、情景そのものをリアルに表現していること。エンボスの細かさや模様、紙の風合い、色のトーンを考慮したうえで最適な紙を選び、建物であれば木材やレンガ、鉄骨や石材など、人物であればジャケット、ニット、ジーンズなど、すべて異なる質感の紙を組み合わせることで独自の世界観をつくり出しています。「これまで、あらゆる種類の紙を試してきました。切り絵とはまた違う精密さと、視覚から伝わるぬくもりやニュアンスは、紙だから表現できるもの」と太田さん。観る人の心に響く太田さんの作品には、長年にわたってさまざまな紙を洞察し、紙の本質を追究してきた背景があります。

突然走り出した柴犬の躍動感や嬉しそうな表情まで見事に表現。飼い主の服のシワや帽子を押さえる仕草など細部までつくり込むことで、リアリティのあるワンシーンに仕上がっている。
     

西武鉄道の歴代車両が停車するホーム。線路に敷き詰められた砕石にはコルクを使用。

右:戦後活躍していた三輪自動車は、現代の自転車に乗る住民と差別化するためにモノクロで作成。
左:人物の顔パーツは、切り込みを引き出したり押し込んだりすることで微妙な表情をつくり出している。

①デザインカッターを使い、型紙からパーツを切り出す。

②千枚遠しを使ってパーツに丸みをつける。

③切り出したパーツを仮置きし、色の組み合わせなどバランスを確認する。

④質感ごとにまとめられた材料となる紙のストック。

昨年、日本が誇るペーパーアートの魅力を世界に発信することを目的に、クラウドファンディングで資金を募り、ニューヨークの路上でギャラリー展示を行うなど、精力的に挑戦を続ける太田さん。「これからは、SNS上に動画をアップロードするなどして"伝えること“をテーマに自ら作品を発信していきたいですね。僕の作品を通してその場所の魅力や歴史を知ってもらうきっかけにしてもらいたいと思っています。身近なところでいえば、生まれ育った清瀬をはじめ、出身大学のある江古田や始点となる池袋など、沿線にある各駅の作品をつくることで、地域の魅力を伝える貢献ができたらうれしいですね」と太田さんは語ります。名声を得た現在も、なお新たな挑戦を続ける太田さんの今後にご注目ください。