日本が誇る伝統工芸の一つであり、私たちの暮らしに豊かさをもたらす「和紙」。ライフスタイルの洋風化によってその需要は減少したものの、耐久性や美しい風合いは世界的に高く評価され、文化価値が改めて見直されつつあります。徳島県にあるアワガミファクトリーは、特産である「阿波和紙」の伝統を守りつつ、時代のニーズに応える独自の製品を生み出す和紙ブランドの総称です。さまざまな角度から新たな需要を掘り起こし、その魅力を発信することで世界の国々から注目を集めるアワガミファクトリー。その根幹には、郷土に根ざした和紙文化を未来へつなぐための思いがありました。

四国中央部の水源から四国山地を横断するように、徳島を西から東へ流れる吉野川。利根川、筑後川とともに日本の三大暴れ川に数えられるほど豊かな水量を誇るこの川では、おもに関西への供給源として水運業が発展し、流域各地ではさまざまなものづくりの技術が磨かれてきました。
「四国山脈周辺には、かつて楮と三椏が生育し、雁皮の生育は阿讃山脈の土壌に適しています。和紙の原料となる植物や吉野川のきれいな水に恵まれたこの土地で和紙づくりが行われてきたことは、ある意味自然な成り行きだったわけです」。そう話すのは、アワガミファクトリーの母体、富士製紙企業組合の代表を務める中島茂之さん。「ここ山川町で地域のシンボルとして親しまれている高越山という山があるんですけど、その別名は木綿麻山といいます。『木綿(ゆう)』は『梶(かじ)』、つまりは楮(こうぞ)を指す言葉であることからも、古くから和紙づくりが地域に根差した産業だったことがわかります」。

吉野川中流に位置する吉野川市山川町でつくられる「阿波和紙」。その歴史は古く、今から1300年ほど前にさかのぼります。当時、朝廷に仕えていた忌部氏が阿波の国に入り、それに従属する職能集団であった阿波忌部が麻や楮の栽培をはじめます。そのことが807年に編纂された歴史書「古語拾遺」に記されていることから、奈良時代にはすでに和紙の製造がはじまっていたのではないかと考えられているそうです。

 

和紙の伝統的な手法である「流し漉き」や「溜め漉き」という技法でつくられる「阿波和紙」は、水にも強い丈夫な紙質はもちろんのこと、素朴な風合いやしなやかな柔らかさが人気となり、全国にその名を知られるようになりました。明治の最盛期には吉野川流域に紙製造業者が500戸を超えるまで発展したものの、第二次世界大戦後になると暮らしの西洋化とともにその需要は徐々に衰退し、数多くの業者が廃業。唯一残った藤森家が母体となる「富士製紙企業組合」を立ち上げ、手漉き和紙の生産を手掛ける「阿波手漉和紙商工業協同組合」、阿波和紙の啓蒙と継承を目的とする「(一財)阿波和紙伝統産業会館」の3法人が一体となって、「アワガミファクトリー」という阿波和紙ブランドを展開しています。
「阿波和紙の伝統を守り続けるために、私たちはお客さまのご要望に合った和紙をつくり続けてきました。『できそうもない』と思えるものでも『できます』と答え、試行錯誤を繰り返すなかで新しい技法を開発してきたわけです。越前や美濃など、他県にある和紙の産地には今なお数十軒の業者が残り、障子紙ならA社、書道用半紙ならB社とそれぞれ分業して和紙をつくっていますが、阿波和紙はうち一軒のみ。だからこそ生き残るために和紙の用途を問わず、幅広いご要望に応える必要があったのです」(中島さん)。

現在、アワガミファクトリーでは、和紙の素材感と意匠を凝らした多種多様な製品を製造・販売しています。そのうちのひとつが、徳島県の伝統産業である藍染を施した「藍染和紙」です。徳島県でつくられる藍は「阿波藍」として全国各地に出荷され、「藍と言えば阿波」といわれるほどに発展。アワガミファクトリーのある吉野川市山川町には藍の生産者が多いため、かつては阿波藍で染めた阿波和紙もあったそうですが、化学染料の普及により、「藍染和紙」の伝統は長い間途絶えていたそうです。

そこで、アワガミファクトリーの先代・藤森実さんと妻のツネさんは、「藍染和紙」を復活させることを決意。藍染めの技法を一から学んだうえで和紙や染色方法の改良を重ね、美しいニュアンスを持つブルーに発色する阿波和紙を完成させました。「どんなに和紙の繊維が長くて強くても、アルカリ性の染料に和紙を浸していると溶けてバラバラになってしまう。そこで和紙の両面にこんにゃく糊を塗ることで耐水効果を持たせたそうです」と中島さんは話します。阿波藍の生葉を発酵・乾燥させた「すくも」からつくる液体に浸すと、取り出した瞬間の和紙は茶色に見えますが、水で流し空気に触れさせることで酸化し、あっという間に藍色に発色していきます。染めの時間や回数を変えることで生まれるグラデーションや色を重ねることで描かれる模様は、阿波和紙の風合いと合わさることで奥行きのある美しさを纏うのです。

アワガミファクトリーが和紙産地として存続するためには、新しい需要を掘り起こす必要がありました。新たな販路開拓のために目を向けたのは、海外だったそうです。「もともと和紙は高品質の紙として海外での人気が高く、大正時代から各国に輸出されています。しかし、外国の小売店に和紙が並ぶまでにはいくつもの代理店を経由するため、消費者に産地や生産者が伝わらない。だったら『アワガミファクトリー』というブランドを立ち上げて、自分たちの手で販路を広げていくことにしたんです。そのために力を注いだのが、手漉き和紙の魅力を伝える啓発活動です。海外に行って和紙の漉き方を教えることもありましたが、今では和紙に興味のある方を迎え入れ、手漉き和紙の全工程を1 週間にわたって学ぶ講習会を毎年開催しています。参加者の7〜8割は外国の方で、和紙を修復に使っている博物館の学芸員やアートスクールで版画を教えている先生にもご参加いただいています。そのような地道な活動の成果から少しずつ海外での流通が増え、今では60カ国のお客さまと取り引きさせていただくまでになりました」(中島さん)。

 

阿波和紙ブランドを確立するうえで、もう一つ重要な役割を果たしたのが、国内外で活躍するアーティストとのつながりです。海外で開催したワークショップや地道な啓発活動を通じて接点が生まれた画家や造形作家、写真家、版画作家などからオリジナルの和紙をつくってほしいという依頼が増えたため、現在は作品に合った新しい技法の開発を含めてアーティストの作品づくりをサポートしています。「海外では厚みのある和紙が好まれる傾向が強く、また、これまでに長さ5メートルを超える大判和紙の依頼を受けることもありました。そうした用途に応じるなかで、いつしかアートの画材として使う厚くて大きい和紙も、阿波和紙ブランドの特長の一つとして認知されるようになりました」と中島さん。アワガミファクトリーでは、作品づくりに取り組むアーティストへの技術指導や補助だけでなく、創作のための設備が整った作業場の提供も行っています。漉き場の一部や版画工房、大型インクジェットプリンターを備えたラボを開設し、環境面からも創作活動を支えているのです。

「そのほか、手漉き和紙の国際化を図るとともに、アーティストが作品を発表する機会を設ける目的で、2年に一度『アワガミ国際ミニプリント展』を開催しています。これは和紙を使った作品限定で出展できるコンテストですが、昨年開催した第6回展では世界中の国々から1052名、作品総数1587点におよぶ応募がありました」と話す中島さんの表情には笑みがこぼれます。

 

そのほかにもアワガミファクトリーでは、インクジェット印刷に対応した和紙をはじめ、壁紙やアートパネルなどインテリアに用いる和紙、デザイン性の高い生活雑貨など、新しい技術を取り入れることで時代のニーズに応える独自の和紙や製品を製造しています。「伝統工芸は、守るだけでは続かないんです」という中島さんの言葉どおり、これからもアワガミファクトリーは伝統と革新を融合させながら新しい和紙を追求し、さらなる可能性を世界に発信し続けていきます。

中島茂之さん

富士製紙企業組合 代表

 

アワガミファクトリー

住所:徳島県吉野川市山川町字川東141
TEL:0883-42-2772
(阿波手漉和紙商工業協同組合)
0883-42-6120
(阿波和紙伝統産業会館)

 

公式サイト:http://www.awagami.or.jp
ECサイト:https://www.awagami.jp