個人や家族で暮らす住宅をはじめ、レストランやホテル、商業施設といったパブリックスペースの壁や天井に施された紙をベースにした美しい装飾。壁紙は、内装の大きな面積を占める重要な演出要素であり、私たちの生活空間をデザインする最も身近なインテリアといえるものです。普段、あまり意識することがない壁紙ですが、色や柄はもちろんのこと、ベースとなる素材や質感の異なる多種多様な製品があり、どのような壁紙を選ぶかによって暮らしの質を向上させることにつながります。
その奥深い魅力を探るために、千葉県野田市にある壁紙メーカーを訪ねました。
室内の壁面や天井に施される壁紙は、生活を豊かにするために欠かせない内装材です。日本の住空間に馴染みやすいシンプルな無地調から、本物の自然素材を思わせる木目や石目調、質感や風合いを見事に再現したファブリック風など、そのデザインやカラー、素材の組み合わせによって、何千種類もの製品が生み出されています。
千葉県野田市に本社を置くスリーエイ株式会社は、すでに確立された技法や素材はもちろん、アート的な手法を加えたり、時代に合う表現方法を柔軟に取り入れながら独自の製品づくりを進める壁紙の専業メーカーです。「実は日本のように壁紙を使う国は、世界的に見るとそれほど多くありません」。そう話すのは、代表取締役社長を務める丸山知昭さん。「洋画などで休日のお父さんが壁にペンキを塗っているシーンがあるように、アメリカやアフリカでは壁に直接ペンキ塗料を塗るのが一般的です。それにはさまざまな要因がありますが、ひとつは気候風土の違いによるもの。日本のように多湿の国では、コンクリートにペンキを塗っただけでは結露などでカビが発生する恐れがありますが、気温が高く乾燥している国ではその心配がありません。またペンキ塗装の方が安価で比較的容易に施工できることや、自分の手で自宅をメンテナンスするDIY文化が浸透していることも、海外でペンキ塗装が選ばれる理由だと思います」。
(一社)壁装研究会が2022年に発表した資料によると、日本の壁紙出荷規模(面積)は年間6億7千万平米で、1位の中国(18億平米)、2位のロシア(9億5千万平米)に次いで世界3位。日本は世界の壁紙市場の約6分の1を占める壁紙大国であることがわかります。そのほか、古くから室内を装飾する文化のあるヨーロッパでも壁紙は広く使われていますが、日本では機能性を重視するのに対し、ヨーロッパではデザイン性が重視される傾向にあります。壁紙をライフファッションとして捉えていることも、壁紙文化の発展に寄与していると思われます。
壁紙は、使用する材料によっていくつかの種類に分類することができます。和紙や普通紙などを原料とした「紙系」から、レーヨン、絹、麻などでつくられる「織物系」、そのほかにも「プラスチック系」、「無機質系」などがありますが、日本で実際に使用されている約99%が、塩化ビニル樹脂製の壁紙だそうです。「それまで日本では布製の壁紙が使われていましたが、戦後になって石膏ボードなどを使用するようになり、構造体を保護する観点から耐久性の高いビニル製にシフトしていきました」と丸山社長。
高度成長期になると住宅需要が拡大し、団地型のマンションが建設されるようになると画一的な部屋が大量に供給され、低コストで施工しやすいビニル製壁紙が爆発的に普及したそうです。「ビニル製壁紙は表現の自由度が高く、表面加工がしやすいこと。また、防火性・耐火性に優れ、防汚や消臭、防カビや抗菌など、さまざまな機能性を持たせることができることも、ビニル製ならではの特長です」と丸山社長は解説します。
スリーエイ株式会社は、1982年の創業以来、ビニル壁紙を主力とした幅広い壁紙の製造を続けてきました。半世紀に及ぶその歴史は、壁紙市場の発展期とともにあります。
製品ごとに仕分けされた壁紙用の普通紙の
ロール。
エンボス加工を終えた壁紙。規格に合わせて
50メートルの長さで裁断し出荷される。
レーザー彫刻が施されたエンボスロール。
スリーエイ株式会社には3つの製造工場があり、粗原料の配合からプリント、エンボス加工といった製造工程のほか、最終製品として出荷するまでのすべての工程を自社内で行っています。取材チームは丸山社長の説明を受けながら、ビニル製壁紙の製造工程を見学させていただきました。
まずは全長1万メートル巻きのロールが積まれた木間ヶ瀬工場内へ。原反となる紙は、壁紙用につくられた65〜70グラム/平米の薄い普通紙で、糊を含んでも貼りやすく、きれいに剥がせる紙を選んで仕入れているそうです。その使用量は、年間3千万平方メートルにも及ぶそうです。その後、塩化ビニル樹脂などを混練したペーストをコーティングしたのち乾燥をかけ、グラビア印刷を施すことで柄やパターンを印刷。
次に、印刷した原反に含まれる発泡剤を200℃以上の高熱で膨らませ、エンボスロールを型押しすることで表面に凹凸のある立体的な模様を施していきます。「当社に求められていることのひとつが、美しいテクスチャーを生み出すエンボス加工です。当社ではレーザー彫刻を使ったエンボスロールを用いることで、より複雑で微細なデザイン表現を可能にしています。光を受けて浮かび上がる美しい陰影や奥行きのある表情を生み出すことに、どこまでもこだわり続けたいと思っています」(丸山社長)。
「LABO1」では、お客様にプレゼンをする「ベビー版」と言う試品づくりが行われる。
大量にストックされている壁紙のサンプル。
リアルな石を砕いてつくった試作品。
天井が高く開放的な「LABO 2」で行われる創作活動の様子。多目的に使える大空間は、試作品づくりやディスカッション、プレゼンテーションの場として使用されている。
発想のヒントやアイデアを実現するための
デザイン関連の蔵書が並ぶロフトスペース。
スリーエイ株式会社は、昨年、壁紙の新たな可能性の探求と独自性の高いデザイン開発を目的としたクリエイティブルームを増設。2つのLABOでは、調色やテクスチャーの試作やサンプルの作成、自社の企画スタッフと外部デザイナーの協同による新しい手法の開発など、イノベーティブな活動を推進する環境を整備したそうです。
「時代に合った壁紙をご提供していくためには、これまでの概念にとらわれず、新しい表現や潜在的な付加価値を追求し続けなければなりません。当社では、創造性豊かな壁紙を通して世界中の人々に驚きのある感動を届けることをミッションとして、「C R E A T E W O W A L L(=WALL)」というスローガンを掲げています」と丸山社長は話します。
版を必要としないため少量生産が可能で、色数の制限なく多彩な表現ができる「デジタルプリント」や、貼りやすいうえにきれいに剥がせる「フリース(不織布)壁紙」など、常に最新の技術を組み合わせた新しい表現を模索してきたスリーエイ株式会社。
そんな同社が次に見据えるのは、持続可能な社会実現に向けた挑戦です。「これから数年かけて環境負荷軽減をテーマにした活動を進めていきたいと思っています。ひとつは、環境への影響が少ない原料を使った壁紙の開発。もうひとつは、使い終えた壁紙を回収・リサイクルして再資源化・再利用するしくみづくりに着手したいと思っています。これには分別や回収の課題があり制度化までに時間がかかりますが、確実に進めていく必要があります。そのスタートとして自社で出したロス分の壁紙については紙と塩化ビニルを分離し、その紙を再資源化して紙製の猫砂として利用する取り組みを行っています」と丸山社長は温めてきた思いを語ります。
壁紙の魅力を広げるための可能性を掘り続けて、見る人のワクワクする気持ちの種を撒く丸山社長の挑戦は、まだはじまったばかりです。
丸山知昭さん
スリーエイ株式会社 代表取締役社長
スリーエイ株式会社
[関宿工場] [木間ヶ瀬工場]
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