和モダンの雰囲気を持つシンプルなデザインに散りばめられた色とりどりの金属箔が放つ、ニュアンスのある美しい光沢。愛媛県内子町の伝統産業である手漉きの「大洲和紙」に、フランスの装飾技法を施した「ギルディング和紙」は、和と洋が融合した今までにない和紙として世界中から称賛の声を集めています。「ギルディング和紙」という新たなジャンルを確立し、手漉き和紙産業に新しい風を吹き込み続ける株式会社五十崎社中・齋藤宏之さんの言葉を通して、その魅力に迫ります。 |
株式会社 五十崎社中
住所 : 愛媛県喜多郡内子町五十崎甲1620-3
TEL: 0893-44-4403
ショップ兼ショールーム(天神産紙工場内)
住所 : 愛媛県喜多郡内子町平岡甲1240-1
TEL: 0893-44-4403
詳細はQRコードをチェックしてみてください。
https://www.ikazaki.jp
内子町は、松山市から南に約40キロ、愛媛県のほぼ中央部に位置する周囲を山々に囲まれた風光明媚なまちです。里山には小田川が流れ、清らかな水からつくられる「大洲和紙」はその高い製紙技術と優れた品質から国の伝統的工芸品に指定されています。「大洲和紙」は、正倉院文書にも登場するほど歴史が古く、高品質な書道用紙や障子紙として広く流通するなど、江戸時代には大洲藩の主要な産業として発展しました。洋紙の生産増加や機械化、生活様式の変化によって和紙産業が衰退するなか、和紙の新たな可能性を求めて挑戦を続けているのが、株式会社五十崎社中の代表を務める齋藤宏之さんです。「ギルディング和紙」という新たな技術を独自に開発し、手漉き和紙という伝統に新たな風を吹き込んでいます。
ギルディングとは、フランスに伝わる金属箔を使った伝統技法のこと。金・銀・銅をベースに、酸化させてつくった箔を加えた計5種類を混色し、額縁や家具などにデザインを装飾する技法です。齋藤さんは、この箔装飾の技を手漉き和紙に施すことで、独創的な色合いを表現する「ギルディング和紙」を生み出しました。「箔はすべてフランスから取り寄せたものを使っています。酸化による化学反応によってブルーやピンクに変色するので、オリジナルの色彩が表現できるのが特徴です」と齋藤さんは話します。
「ギルディング和紙」は、二千以上ストックされた図案をもとに木版やシルクスクリーンなどの版を制作。そこに独自に考案した糊を塗布したのち金属箔をローラーで圧接。ブラシをかけると糊の部分にだけ箔が残り、複雑でニュアンスのある色彩と光沢が生まれます。「ギルディング和紙で最も難しいのは糊の調整なんです。糊は弊社が独自で開発した水性ベースのもので、塗って乾かすことではじめて粘質が出ます。その粘度が長期間持続するので、細かいデザインであっても時間をかけて加工することができる。気温や湿度によっても箔のノリが変わるので、糊の配合を変えて粘度を調整しています」(齋藤さん)。
01
図案のアウトラインに塗布した糊の上にイメージに合う色の金属箔を配置
02
こするようにブラッシング
03
ローラーをかけて金属箔を和紙に圧着する
04
糊の付いた部分だけ金属箔が残り、複雑で美しい図案が現れる
齋藤さんがギルディングに出会ったのは2008年のこと。神奈川出身の齋藤さんは大学卒業後、通信系IT企業に就職し、システムエンジニアとして10年間、企画・営業として3年間勤務。次のキャリアとして起業を考えはじめた頃、義父から相談を持ちかけられたことをきっかけに新たな道を踏み出すことになりました。「妻の父親が当時、内子町商工会のメンバーとして和紙産業の活性化を目的とした活動をしていました。そんな義父からガボーさんというフランス人デザイナーがドバイで展覧会を開いているから代わりに視察に行ってほしいと頼まれたんです。旅行も兼ねて気軽な気持ちで現地に行ったんですけど、ガボーさんのギルディングを一目見て衝撃を受けました。彼の技術と和紙を掛け合わせたら面白いものができるんじゃないかと直感したんです。幸い、彼も和紙に興味を持っていたので、私たちの新たな挑戦に協力するために約2年間、家族で内子町に移り住んでくれたんです」と当時を振り返ります。
ガボー・ウルヴィツキさんは、ギルディング技法を用いた壁紙を手がける人気デザイナーです。彼が制作した作品は欧州・北米・中東、日本でも販売され、2007年にはフランス国家遺産企業の認定を受けるなど巨匠としての地位を確立しています。齋藤さんはガボーさん一家の来日のタイミングに合わせて勤めていたIT企業を退社。株式会社五十崎社中を立ち上げたのち、地元の老舗製紙所「天神産紙工場」で和紙職人として修行するのと並行して、ガボーさんからギルディング技法を学びました。
日仏の伝統技術を習得した齋藤さんは、試行錯誤の末に大洲和紙を使った「ギルディング和紙」を開発。その後、「パリメゾン&オブジェ」をはじめとした展示会に数多く出展し、国内外に五十崎社中の名を広めることに成功しました。
美しい光沢とオリエンタルな様相を備えた五十崎社中のギルディング和紙は、感度の高いデザインを求める企業から注目を集め、ハイブランドの店舗やラグジュアリーホテルの内装材、世界的人気キャラクターとのコラボ商品など、世界中からオーダーメイドの制作依頼が殺到。国内では、地元・愛媛の道後温泉本館や百貨店内のショップなどにも、ギルディング和紙を施したインテリアが採用されています。「ガボーさんの言葉を借りると、和紙はやわらかい天然の素材で、金属箔は硬質で無機質なもの。相違した素材がひとつに融合しているところが高く評価していただいている要因なのかもしれませんね。ギルディング和紙はデザインが豊富にあるので、壁紙だけでなくパネルやタペストリーをはじめ、襖などの建具、グリーティングカードやレターセットといったステーショナリーなど幅広く展開しています」と齋藤さん。ギルディング和紙商品は、ミュージアムショップやインテリア雑貨店での取り扱いも増加中。伝統の手漉き和紙にアートという付加価値を加えたギルディング和紙は、衰退しつつある和紙の魅力を伝えるとともに、現代の日常生活に和紙を取り入れるきっかけをもたらしています。
2018年に「三井ゴールデン匠賞」を受賞するなど大洲和紙の担い手となった齋藤さんは、歩みを止めることなく次のプロジェクトに着手。現代美術作家のスタジオでクリエイティブを学んだのち、現在は移住した内子町の魅力を発信するデザイナー、市毛友一郎さんとともにアートを通じて地域の活性化を図る新たな第一歩を踏み出しています。昨年11月、五十崎社中から百メートルの場所に、和紙の空き倉庫を改装したアートギャラリー「天神館」をオープン。その目的を市毛さんにうかがうと、「齋藤さんがプロデュースしたこのギャラリーをベースにクリエイターと鑑賞を目的に来る人の両方の人流が生まれ、そこでアート作品の展示販売が定着してアートビジネスとしてマネジメントできるようになれば、ミニマムなローカルアートマーケットが構築できるんじゃないかと。ここには五十崎社中と天神産紙工場という2つのクラフトの現場があるので、オープンファクトリー要素も含めて地域の活性化につなげていきたいと思っています」と話します。
この天神館では今年2月、市毛さんが運営するオンラインコミュニティ「いちげ温泉」に参加している若手作家の作品を集めた展示販売会を開催。また、地元の映像作家として活躍するKoki Karasudaniさんが監督した、天神産紙工場のドキュメンタリー映画「紙の人びと」の上映会を行うなど、新しいアートスポットとして確実に認知を広げています。「おかげさまで、1年先まで展示スケジュールが決まっています。このギャラリーを何か楽しいことに出会える場所として、若者や海外からの旅行者にも来ていただきたいですね」と齋藤さん。ギルディング和紙という、アートを軸に多方面に広がり、多様な人々のつながりを創出する取り組みは、まだはじまったばかりです。