愛くるしい表情の人物や動物たちの日常の一コマを切り取ったやさしさに包まれた小さな世界。金沢和寛さんは、手のひらサイズの生き物だけでなく、樹木の枝葉、石畳といった街中の風景にいたるまで、すべて「紙」だけで表現する立体造形作家です。途方もない時間と手間をかけ、自らの「手」だけでつくり上げる金沢さんの作品には、観る人を幸せな気持ちにする不思議な魅力がたくさん詰まっています。

金沢 和寛 さん

 

 

 

1974年生まれ、愛知県出身。1998京都精華大学ビジュアルコミュニケーションデザイン科卒業。グラフィックデザイナーとしての活動を経て、2003年から本格的に作家としての活動を開始。個展や展示イベントなどに出展した作品が話題を呼び、本の装丁や企業広告、カレンダー、CDジャケットなどに数多く起用される。オリジナル作品の創作だけでなく、企業、個人からのオーダーメイドにも対応するなど、幅広く活動中。

http://5cenchi.jugem.jp/

紙ならではの質感や柔らかさを表現する作品にこだわりたい。

愛くるしい表情の人物や動物たちの日常の一コマを切り取ったやさしさに包まれた小さな世界。金沢和寛さんは、手のひらサイズの生き物だけでなく、樹木の枝葉、石畳といった街中の風景にいたるまで、すべて「紙」だけで表現する立体造形作家です。途方もない時間と手間をかけ、自らの「手」だけでつくり上げる金沢さんの作品には、観る人を幸せな気持ちにする不思議な魅力がたくさん詰まっています。

桜の木
拡大
桜の木

手のひらに乗る手頃なサイズながら、細部にまでつくり込まれた精巧なミニチュア。滑らかな質感から粘土細工のようにも見えますが、材料に使われているのは「紙」のみ。

 

沢和寛さんは、和紙や段ボール、パッケージの厚紙などの身近な紙を使って、オリジナルの世界観を表現する立体造形作家です。多様な年代の人々や猫や鳥などの動物だけでなく、公園の樹木やベンチ、落ち葉や石畳といった、日常に溢れる風景まで、ミニチュアサイズでつくり上げていきます。

 

金沢さんの作品のひとつに満開に咲く桜の木がありますが、これに使用する花びらは約1万個。フリーハンドで1枚ずつ紙を切り抜き、花びらの形に貼り付けていく作業には、実に5年の歳月を費やしたそうです。「もちろん他の作品づくりと並行したからそれだけの時間がかかりましたが、許される範囲で時間と手間をかけたいと思っています。決して効率的とは言えないけど、手でつくるからこその質感や柔らかさを表現できるので」と金沢さん。途方もない時間と緻密な作業の積み重ねによって生み出される作品は、間近で見れば見るほど感嘆のため息が出ます。

紙を素材としたペーパークラフトの多くは、紙を切り貼りして立体模型にするのが大半ですが、金沢さんの作品づくりはスタートが異なります。人物や動物などのフィギュアの場合、初めにティッシュペーパーに木工用ボンドを塗布したのち、手でこねて紙粘土のような具材を作成。胴体や頭部など大まかな形に成型したのち、薄くちぎった紙をピンセットで貼り合わせ、デザインナイフや細工棒、かぎべらや棒やすりを使って微細な部分に細工を施していきます。質感や色調の異なる小さな紙片を幾重にも貼り合わせてつくる工程はもちろんのこと、糸のように細い紙捻りをつくり1本ずつ貼付、カッターで紙を掻いて毛羽立たせるなど、緻密で繊細な作業を積み重ねることでひとつの作品が完成します。

 

「僕のつくり方はすべて独学で習得したもの。誰かの真似はしたくないという思いがあって、オリジナリティを追求した結果、この手法にたどり着きました」。

便利なデジタル機器に頼ることなく、手作業にこだわることに新たな価値を見出した金沢さん。独自性を追求する姿勢があるからこそ、観る人の心に響く作品が生まれるのです。

銀杏の木に使用する葉のパーツ。フリーハンドで書いたものを印刷し、1枚ずつ切り抜いておく。

材料となる紙は、和紙、洋紙、板紙、トイレットペーパーなど、質感と色ごとに分類して保管。

幼少期から絵画教室に通い、絵に親しんでいたという金沢さんは、高校を卒業したのちに美術大学に進学。在学中はプロダクトデザインを専攻し、生活器具などの作品づくりに取り組んでいたそうです。「和紙を使った照明器具をつくる課題があって、その時に触れた和紙の感触やちぎった時のふわっとした温かみが印象的でした。それが今の作品づくりの源泉になっているんだと思います」。

下町情緒を感じさせる商店街の一角、築60年を経過したレトロな建物の2階にあるアトリエ。

使用するのは、最低限に絞り込んだ道具のみ。接着剤は、コニシ(株)の木工用ボンドを愛用。

金沢さんは美術大学卒業後、デザイン事務所に就職。グラフィックデザイナーとして5年半活動していたものの、並行して続けていた創作活動の中で独自の手法にたどり着き、「これならいける」という確信を得たことで作家として生きていく決意を固めたそうです。個展や展示会に出展した作品は評判を呼び、出版社や制作会社から声がかかるようになります。

 

「人物や動物のミニチュアだけでなく、その背景も含めてすべて紙でつくった作品をカレンダーのビジュアルに採用してもらいました。ストーリー性のある作品づくりが楽しいので、本の装丁など物語を補完するためのビジュアルとして使用してもらえたらうれしいですね」。

最後に、今後の抱負を聞いてみると、「かわいくないものとか、怖いものにも挑戦してみたいですね」という金沢さん。

表現の幅を広げていく彼の作品に是非ご注目を。