物語を想起させるドラマチックな構図や手染めの和紙を透過するニュアンスのある美しい光。切り絵作家・大橋 忍さんが生み出す作品は、太さ0 . 5ミリにも満たない線にカットする高度な技術だけでなく、その叙情的な世界観と幻想的な美しさから国内外のファンを魅了し続けています。他の切り絵とは一線を画す大橋さんの作品はどのように生まれるのか、その創作活動の源泉に迫ります。

大橋 忍 さん
Shinobu Ohashi

 

福島県出身。文星芸術大学入学直後から黒い画用紙と彩色した和紙を使った切り絵の創作をスタートし、SNSや展示会などを通してオリジナル作品を発表。卒業後、会社員経験を経て2015年に初の書き下ろし図案集『美しい切り絵。』(エムディエヌコーポレーション)を出版。それを機に独自の世界観を表現した作品が話題となり、多くの企業広告に起用される。以後、自身の作品をモチーフにしたグッズ製作や著書の発刊、コミックやアニメ作品のタイトルロゴデザインを手がけるなど多方面で活躍中。

 

HPhttp://ohashi-shinobu.com

1枚の紙のなかに凝縮されたショートストーリーと

和紙を透過する色彩豊かな光によるペーパーアート

刃厚の薄いデザインナイフを使って図案の輪郭を残すように紙を切り、線の途切れのない1枚の絵画に仕上げていく。ときには力強く、ときに繊細なラインで表現する切り絵は、ミニマムな道具ではじめられる人気のペーパーアート。一般的には黒い紙を使って白と黒の二色で表現したモノクロ作品が主流ですが、鮮やかな色彩を施した多色作品や紙以外の素材を使ったもの、何枚もの紙を重ねた立体的なものなど、つくり手の表現の幅も広がりつつあります。

大橋さんの作品に共通する魅力のひとつが、物語のワンシーンを切り取ったようなリリカルな世界観にあります。「私の場合、作品のテーマになる”言葉を決めて、そこから色や構図のイメージをつくっていくんです」。その言葉を裏付けるように、大橋さんが生み出す作品には、『あかりに雪ぐ』、『幾羽めぐる』、『花緑青抱く』といった文芸的表現がタイトルに使われています。

 

「小説を読んだり音楽を聴いたりして、自分の中に湧き上がる感情が作品のテーマになることが多いですね。それが自分自身の記憶とミックスされて、イメージが膨らんでいく感じです」と大橋さん。

 

た、思いがけないモチーフや構図、独創的な色使いが生まれる発想にも、意外な背景があるそうです。「怪しいと思われるかもしれませんが、共感覚ってご存じですか? これは、文字や数字に色が付いて見えたり、音を聞くと色が結びついて見えたりする脳の現象で、いろんなタイプがあるそうです。私の場合は、は赤色、なら水色と白、ならピンクというように、文字や数字を見るとという追加情報が自動的に頭に浮かぶ感覚です。小説を読んだり音楽を聴いたりすると、色や線、構図が自然と頭に浮かぶので、それを作品に落とし込んでいく作業に近いですね」。

 

文字とリンクするは、単語や文章など文字の組み合わせによって変わっていくため、そのニュアンスのある色彩は、作品ごとに異なるそうです。

 

二十四節気……古代中国で考案された季節の指標。1年を春夏秋冬の4つの季節に分け、さらにそれぞれを6つに分けたもの。

細かい部分から切りはじめ、最後に外側の輪郭を切る。

手染めした和紙を図案に沿って切り出す。

スケッチブックを使って作品のイメージを図案化。

大橋さんは、文字や音楽から着想を得たデッサンをパソコンに取り込んでレイアウトを調整。図案をコラージュした下絵を白い紙に印刷したのち、黒い画用紙と重ねてモチーフや文字の輪郭線に沿ってデザインナイフを走らせます。「黒い画用紙は、『ミューズ ハイブラック』という紙。艶消しの黒い紙ですが切ったあとの毛羽が残りにくく、それでいてしっかりと強度があるので長く愛用しています」とのこと。木々の小さな葉などの細かいパーツや滑らかにカーブする曲線など、大橋さんはまるでペンで描くように切り取っていきます。

大橋さんの切り絵作品づくりは次の工程へ。不要な部分をそぎ落とし、各パーツの輪郭線だけとなった画用紙の裏から、色味にニュアンスのある和紙を貼っていきます。「透過する光の繊細な美しさを表現するために、手染めの和紙を使っています。高校までは既製の和紙を使っていましたが、大学の教授のアドバイスを受けて自分で染めた和紙を使うようになりました。いろいろと試しましたが、水に濡らしても強度があり、乾かしてもよれない若狭和紙を採用しています。染色したときの色の広がり具合が気に入っています」。ステンドグラスのような美しさはもちろん、作品からにじみ出るやさしさや抒情的な陰りなど、独特の世界観を表現するうえで和紙が重要な役割を担っています。

意外にも、「幼い頃は、お絵描きや図画工作があまり好きではなかった」という大橋さん。宿題で描いた植物の絵がほめられたことがきっかけで絵の楽しさに目覚めたものの、中学生のときには他の美術部員の実力を見て自信を無くした時期もあったそうです。

 

「絵がそれほど上手くないことを自覚していたので、画力の足らなさを補える表現方法として切り絵を思いつきました。高校、大学と切り絵を続けていくなかで転機となったのは、『デザインフェスタ』という展示会で出版社の編集者に声を掛けていただいたこと。図案集を出版したことで、さまざまな方とのご縁をいただくようになりました」。

 

その後、毎年1冊のペースで出版される著書はいずれもベストセラーに。大橋さんの作品が国内外の企業広告に多数採用されたほか、テレビ放映された人気アニメ『不滅のあなたへ』のタイトルロゴ、人気コミック『のーぷろぶれむ家族』の表紙に使用された文字の切り絵など、枚挙にいとまがないほど作品提供やコラボレーションの依頼が殺到しています。

自身の作品創作や個展をはじめ、著書で掲載するための図案作成、各メディアからの協力依頼、さらにはオリジナルグッズの製作・販売と精力的な活動を展開する大橋さん。次に挑戦したいことをうかがうと、「ひとつは、切り絵のストップモーションアニメにも挑戦すること。もうひとつは、自分のアトリエで切り絵教室を開きたいと思っています。切り絵の魅力やつくる楽しさをたくさんの方に知っていただきたいですね」とのこと。今後発表される作品や活動から目が離せません。

『紙片を翳して』
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『紙片を翳して』
「往昔の没む」
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「往昔の没む」