唐紙とは、襖や壁紙、屏風や衝立などの上張りとして用いられる、多種多様な文様が摺られた装飾紙のこと。柔らかな光を受けて上品に輝くその優美さには目に障らない静かな存在感があり、寺院や茶室、伝統的な和室のしつらいとして、古くから日本人の生活空間を彩ってきました。株式会社唐源の小泉幸雄さんは、国選定保存技術保持者に認定される唐紙づくりの第一人者です。

その確かな手仕事には、本物をつくり続ける職人の気概と、江戸から続く伝統技術を次世代へと受け継いでいく使命感が宿っていました。

1枚1枚、手でつくるからこそ、奥深い美しさや味わいが生まれる。

 

心地よい静寂に包まれた工房の中に流れる、”すぅー、すぅー“という柔らかい音。大きな作業台の上に広げられた和紙の上を泳ぐように滑らかに動き続けるその手には一切の迷いもなく、和紙に美しい文様を写しとっていきます。株式会社唐源の小泉幸雄さんは、文様を彫り込んだ版木に絵具を乗せ、和紙に文様を写し出す唐紙づくりの第一人者です。江戸の名工として知られた初代・小泉七五郎から数えて五代目、独立して創業した唐源としては三代目の当主として、嘉永年間から続く江戸の伝統工芸技術を守り続けています。

 

「同じ唐紙でも、東京のものは京都と比べて木版摺りの版木が大きいんです。もともとは12枚の唐紙を貼って1枚の襖になる紙のサイズに合わせた小判型だったんですが、関東大震災や東京大空襲でその大半が焼けてしまって。それから大きな和紙が漉けるようになったこともあって、東京の唐紙は大判のサイズになったんです」。小泉さんの父にあたる先代の哲さんは、焼け残った版木や襖の現物などを見本として、自らの手で江戸時代の版木を復元。さまざまな草花や波、雲などをモチーフに、おおらかで流れるような構図で描かれるその文様には、”粋“を愛する江戸の町人文化の美学が溶け込んでいます。

 

3×6判(約90×180センチ)の紙が生産されたことで、東京近郊の唐紙に用いられる版木は90センチ以上の大きさに。

切り餅と呼ばれる小型の版木。組み合わせ方次第で、多様な文様を生み出すことができる。

 

唐紙というのは、その字のごとく中国から伝来してきた模様のついた唐紙を原点とする装飾紙のこと。その歴史は古く、平安時代に国内でもつくられるようになると貴族の間に広まり、経典や和歌の料紙※2として、さらには寝殿造りの住居や寺院の室内装飾にも使われるようになりました。江戸時代になると、武家や町人など庶民の暮らしにまで広く浸透し、大名屋敷や神社仏閣のみならず、町人屋敷の襖や壁紙などにも用いられるようになります。

 

「私が唐紙をはじめたのは20才の頃ですが、戦後の高度経済成長期には印刷による安価な量産品が主流となり、手仕事でつくる襖紙はどんどん減っていきました。それでも唐紙を復活させようという機運が高まり、国の伝統工芸品に指定されると、唐紙の工芸技術を用いた文化財の修復・復元にも携わる機会が増えていきました」。

小泉さんはこれまで、浜離宮恩賜公園内にある「松の御茶屋」や長崎・出島の「オランダ商館」、富山県の雲龍山勝興寺など重要建造物の修復・復元プロジェクトに参画。唐紙師として、襖や壁、天井や屏風などに使用する唐紙を手掛けてきました。それらの功績が評価され、国・東京都指定の伝統工芸士に認定。東京都優秀技術者「東京マイスター」の認定を受けたのち、2019年には「旭日双光章叙勲」を受章されています。

 

江戸における唐紙にはいくつかの伝統的な装飾技法があります。版木に彫刻された文様を手で撫でるように摺って和紙に写す「版木押し」、柿渋を施した和紙に彫刻刀で文様を彫り込んだ伊勢型紙を使って摺り込む「更紗」、金銀箔や箔を粉にした砂子で飾り付ける「砂子」など、小泉さんの唐源では多彩な技法を使い分け、独特の質感や風合いのある唐紙づくりを行っています。そのうちの一つ、「版木押し」の工程を見せていただきました。

 

唐紙(版木押し)の制作工程

01

接着剤の役割を果たす布海苔(海藻の一種)を炊いて溶かし、雲母や胡粉、顔料などと指で混ぜて絵具をつくる。

02

平刷毛を使って淡い地色を引く「具引き」という作業。1度塗り終えた和紙を乾かし、もう1度塗ることで色ムラをなくす。

03

曲輪の木枠に布を張った大きな篩(ふるい)を用意し、乳鉢で調合した絵具を刷毛でまんべんなく塗る。

04

篩を版木にぽんぽんと軽く押しつけながら、絵具を付ける。篩を使うことで絵具を均一かつ、効率よく移すことができる。

05

見当を目安に、版木のうえに和紙を静かにおろしたら、手のひらで撫でるように摺り、和紙に文様を写し取る。

06

紙を送りながら版木を5~6回合わせ、文様が連続するように仕上げる。二度摺りの場合は、襖1枚につき10~12回摺る。

07

全体の摺り上がりを確認したのち、自然乾燥させる。工房内には出荷を待つさまざまな色柄の美しい唐紙が並ぶ。

08

普遍的で洗練されたデザインと和紙の温かみが融合した、味わい深い1枚の襖紙が完成。

「唐紙づくりは、絵具の調合が一番難しいですよ」と小泉さん。胡粉という貝殻をすり潰してつくる微粒子状の顔料に色を加えて、接着剤となる布海苔、こんにゃく糊を水の中で混ぜ合わせたのち、その日の気温や湿度に応じて濃度や色合いを調整していきます。その絵具を使って和紙に平刷毛で地色を塗る「具引き」を行ったのち、「篩」と呼ばれる唐紙独特の道具で版木に絵具をつけます。版木のうえに手前からかぶせるように和紙を置いたら、手のひらで撫でるように和紙を摺って、絵具を転写。

版木を固定したまま紙を送る作業が繰り返され、つなぎ目がぴたりと合った美しい唐紙が仕上がります。「1枚1枚、愛情を持って手でつくっているからこその味わいがあると思います」と言う言葉どおり、経験による勘と体に染みついた技によって、同じものが二つとない独特な質感が生まれるのです。

 

使用される和紙は、鳥の子紙とよばれる厚手で光沢のある良質なもの。強く耐久性があり絵具が映えるので、古くから表装に使われているそうです。「うちでは、越前の鳥の子紙を多く使っています。でも、紙は先方が用意してくれるものを使うケースが多く、この紙にこの模様を摺ってくれという仕事がほとんどなので、こだわりがないことがこだわりなのかもしれませんね。その紙に対して、どうしたら一番美しく仕上がるのかを考えるのも唐紙師の仕事です」。雁皮や楮などの原料によっても扱いが異なる和紙。その特性を十分に把握したうえで、それに合った絵具の濃度や水分量などを調節できるかどうかも、唐紙師の技術なのです。

唐紙のデザインを使った和綴じノートや御朱印帳、一筆箋やしおりなどの文具・雑貨。

唐紙の文様が光と影を演出するランプシェード。

クラウドファンディングを活用して商品開発を進めている、自然素材だけでつくる骨壺の試作品。そのほかにも和紙製のロールスクリーンなどの商品開発も進行中。

 

かつてはどの町にも表具店があったものの、生活様式の変化を受けて唐紙をつくる同業者は次々と廃業。今では東京近郊で唐紙をつくるのは唐源のみとなったそうです。江戸時代から続く伝統工芸技術を引き継ぐために、唐源では社長を務める雅行さんを中心に、新しい視点からのアプローチを模索しています。「伝統的な技術を応用して、時代の変化に合わせたものづくりをすること。いろいろな業種の人たちとタッグを組むことで、新しい素材との組み合わせや表現方法が生まれる可能性がまだ十分にあると思っています」(雅行さん)。江戸時代から続く伝統の技に新しい発想を加えた唐紙商品は新たな価値が付加され、日常に供する文具やデザイン性の高いインテリアなど、その用途を広げつつあります。

 

 

 

株式会社 唐源

 

住所:埼玉県八潮市大字大曽根1255-3

TEL:048-934-9438

HP:https://www.koizumihusumagami.com/

唐源オリジナル商品は、下記通販サイトでもご購入いただけます。

HPhttps://www.rakuten.co.jp/kirimaru/