柴田 あゆみ さん ー 切り絵アーティスト

 

神奈川県横浜市生まれ。2007年に渡米。2012年、ニューヨークにあるナショナル・アカデミー・オブ・デザインに入学し、版画とマルチメディアを専攻。2015年から仏・パリに拠点を移し、パリ市運営のアトリエ59リボリにて2年間の展示と制作活動に取り組む。精巧な切り絵と光が織りなす幻想的な作品は各国で高い評価を受け、ミラノ・マルペンサ空港(イタリア)での大型作品の展示や、ドイツ国際アートトリエンナーレでの入賞など、国際的なアートシーンで注目を浴びる。国内では、2020年に銀座和光、富士川・切り絵の森美術館などで個展を開催。同年12月には歌手・森山良子さんのコンサートツアーの舞台美術を担当するなど、活躍のフィールドを広げ続けている。

 

■WEBサイト

https://www.ayumishibata.com

 

これから「自然」と「人間」はどのように共存していくべきなのかを作品を通して表現したい。

 

一枚の紙をカッターナイフで切り抜くことで生まれる繊細な模様。人の手によって生み出される切り絵は、作り手の豊かな感性と高度な技術、紙の質感と明暗のコントラストを掛け合わせることで独自の世界観を表現するペーパーアートです。数多くの優れた切り絵作家のなかで、ひと際異彩を放つ存在として注目されているのが、柴田あゆみさんです。彼女がつくる美しい作品のルーツを知るために、冬の冷たい空気が和らぎはじめた3月、都内にある柴田さんのアトリエを訪ねました。

 

柴田さんが生み出す作品の特徴のひとつは、平面ではなく立体的であること。一枚の切り絵を単独で見せるのではなく、精巧に彫刻した切り絵を何層にも重ねることで、奥行きのある複雑な表情をもたらします。そこに描かれる木々などの植物や動物、人々が暮らす家や教会などの街並みは光に照らされることで生命力を宿し、神秘性を纏った美しい陰影が独自の世界観を表現しています。

 

 

柴田さんが生み出す作品の特徴のひとつは、平面ではなく立体的であること。一枚の切り絵を単独で見せるのではなく、精巧に彫刻した切り絵を何層にも重ねることで、奥行きのある複雑な表情をもたらします。そこに描かれる木々などの植物や動物、人々が暮らす家や教会などの街並みは光に照らされることで生命力を宿し、神秘性を纏った美しい陰影が独自の世界観を表現しています。

 

「切り絵を収納するガラスの容器を眺めていると、自然と3Dの世界が浮かび上がってくるんです。そのイメージをもとに切り進めていくので、下書きはせず、フリーハンドで作品をつくっています」。実際に制作の様子を間近で見せてもらうと、真っ白い紙にカッターナイフを立て、迷うことなく切り進めていく様子が窺えます。「作品にはそのときの自分がすべて投影されるので、邪念がないクリアな状態にしておくこと。意図的にデザインするのではなく、私の手から紙に生命を吹き込むことを意識して、作品づくりをしています」。

その独創的な作品が海外メディアでも取り上げられるなど国内外のアートシーンから注目を集める柴田さんですが、これまでに歩んできた道のりにはさまざまな紆余曲折がありました。高校卒業から25才まではアートではなく音楽活動に傾注。情熱を持って取り組んだもののいつしか利益を優先する創作活動に疑問を抱くようになり、交通事故に遭ったことを機にミュージシャンとしての活動を引退したそうです。その後、決して揺らぐことのない表現者としての”芯“を構築するために、米・ニューヨークに留学することを決意しました。

「わたしの翼」

パリで開催した個展の展示風景より

「しらかば」

ミラノ・マルペンサ空港ターミナルで展示された巨大な切り絵作品「天の岩戸開き」

「現地では、言葉の壁からふさぎ込んでばかりいて、よく教会に通っていました。そこには街の喧噪から閉ざされた静寂と安らぎがあって自分を見つめ直す時間を過ごすには最適な場所でした。そんなある日、ふと教会の窓を見上げるとステンドグラスから美しい光が差し込んでいて。床に投影された美しい文様を見たとき、はっとするようなインスピレーションを受けたんです。小学生の頃、黒い画用紙とカラフルなセロファン紙でステンドグラス風の飾りをつくったときの楽しい記憶と完成したときの心が満たされるような感覚を思い出して、早速自宅に帰っていくつもの作品をつくりました」。柴田さんがその日に教会で目にした美しい光景が、透過する光を生かした作品の原型になったのです。

 

銀座和光本店での個展で披露された作品「調和の森」

「In the Jar」シリーズより

「In the Jar しげみ」

「ぎんがのおと」

柴田さんの作品は、友人の紹介もあって現地のギャラリーで展示してもらえることに。その作品に対する評価は、感度の高い人々との縁によって数珠つなぎで広がり、アーティストとしての実績を着実に積むことになります。「それからしばらくして、現代アートを幅広く学ぶために現地のアートスクールに入学しました。そこでは”好きなことを極めなさい“と言ってくれた学長のサポートもあって、切り絵の創作に没頭。奨学金を受けることもでき、夢中で作品づくりに打ち込みました」。

 

アートスクール卒業後は、自分の直感を信じてパリへ移住。そこでも運命に導かれるような出会いが重なり、切り絵アーティストとしての地位を確立していきました。「少しでもタイミングがずれていたら出会うことのなかった人々との不思議な縁がありました。日本に帰国してからも、私が出演した約3分間のテレビ番組をたまたま観てくれた(歌手の)森山良子さんから、コンサートの舞台美術のオファーをいただくなど、たくさんの”つながり“によって私自身が生かされていると感じています」。

「鼓動・六」

「星の記憶」

「かみのやま」

柴田さんが作品を通して伝えるのは、生命の”つながり“そして人間と自然が共存することの大切さです。「雨が降らなければ作物は育たないし、その雨が汚染されていたら人間の身体にも影響を及ぼします。すべてが水面下でつながっていることを意識せずに人間が身勝手な開発を繰り返してきた結果、自然と人間の関係に歪みが生じてしまった。そのことが新たなウイルス発生の根底にあるんじゃないかと思っています。社会の在り方が転換点を迎えている今、人間は高度な技術をつかって持続可能な生き方へ舵を切るべきじゃないかと。私の作品を観てくれた人の何人かでも、自然とつながって生きることの大切さに気付いてくれたらうれしいですね」。

 

自分自身が自然や周囲の人々とどのような”つながり“を持っているのかを改めて見つめ直すこと、自然との関わり方を今一度考えることが、私たちの未来を変える一歩なのかもしれません。

柴田さんの作品には、サステナブルな社会構築に必要とされる重要なヒントが含まれています。