船原 七紗 さん 

マスキングテープアーティスト

 

2015年、武蔵野美術大学油絵学科油絵専攻卒業。大学在学中にマスキングテープアートの創作をスタートし、国内外の各種メディアで大きく取り上げられる。卒業後、3年間の一般企業勤務を経て、2018年からはマスキングテープアーティストとして独立。美術館での展覧会やアートイベントへの出品、企業とのコラボレーション企画やオリジナルのマスキングテープ制作など、精力的に創作活動を続ける。


■ポートフォリオサイト
https://awrd.com/creatives/user/32706

 

繊維が長く透過性のある和紙だからこそ、重ねて貼ることで下の色と混ざり合い、 奥行きのある繊細な色彩が表現できる

 

 

マスキングテープは、従来、塗装のはみ出しを防止するなど養生資材として広く使われてきた紙製の粘着テープです。しかし近年では、素材の表面を傷めたり塗装を剥がしたりすることなく何度でも貼り直せる手軽さ、さらにはカラフルでおしゃれなものが数多く販売されたことで、多くの女性が注目する定番アイテムのひとつに。

 

文具店や雑貨店には色・柄ともにバリエーション豊富なマスキングテープが数多く並び、身近な小物をデコレーションしたり、壁紙に貼ってインテリアのアクセントにするなど、自分好みにカスタマイズするためのツールとして楽しむ人が増えています。
「マスキングテープは個性を自由に表現できるもの」。そう話すのは、マスキングテープだけを使って世界の名画を描いた作品が、国内外のアートシーンから注目を集める船原七紗さん。パレットの絵の具のように並んだ何十種類ものマスキングテープから作品に合うひとつを選び、手でちぎりながら貼り重ねることで、モザイク画のような美しい作品を描き出します。特長的なのは、その鮮やかで奥行きのある色使い。繊維の長い和紙の透け感によって何層にも貼り重ねた色や模様が混ざり合い、元の作品とはひと味違う明暗や色調の変化が表現されています。

 

船原さんが描く作品の多くは、東西の美術史を代表する名画を題材にしたもの。その理由を尋ねると、「絵画や浮世絵に対して、敷居の高さを感じている人も多いと思います。そんな方に、私の作品との出会いを通して元になった絵画に興味を持ってほしいと思って。もっと気軽にアートを楽しむきっかけになればうれしいです」。

 

富嶽三十六景「凱風快晴」 (2019) 210×297mm

 

世界的に人気の浮世絵。作品全体の統一感を保ちつつ、元の作品にはないビビットな色彩にアレンジされている。

『印象・日の出』(2020)594×841mm

 

モネによって制作された油彩作品。霞みがかった風景のグラデーションや太陽の淡い光など、油絵の表情を描くために、約40種類のマスキングテープが使用されている。

『星月夜』(2020)

297×420mm

 

ゴッホによる西洋美術史を代表する名画。元の作品では黒々と描かれている大きな糸杉にも、さまざまな柄のマスキングテープがコラージュされている。


 船原さんの作品を間近で観ると、思いがけない発見と驚きがあります。ゴッホの代表作『星月夜』に描かれる大きな渦巻きは、下地に黒いマスキングテープを貼ったうえに、カラフルなストライプ柄や格子柄などのテープを重ね合わせることで、ゴッホ特有の筆の流れが表現されています。「元の絵の世界観はそのままに、私なりの解釈に沿った配色にしています。この『星月夜』では、夜空の部分に星座がプリントされたテープを入れたり、金の箔押しテープをアクセントとして加えることで、オリジナルとはまた違った魅力を出そうと心がけました」。

船原さんの描く作品には、油絵のような立体感のある質感と手でちぎった和紙ならではの柔らかさ、自由な発想の遊び心がミックスされています。「少し離れたところからだと油画のように見えますが、近くに寄ってみるとマスキングテープだと気づくと同時に、柄など新しい発見もある。私の作品は2度楽しめるものなので、ぜひ実際に観ていただきたいですね」。
 

『鳥獣花木図屏風』 (2015) 約1800×4500mm

 

美術大学の卒業制作として制作した作品。六曲の屏風に描かれた白象をはじめとする生き物の姿を、瑞々しい色彩で表現している。

船原さんがマスキングテープアートの創作をはじめたのは、美術大学在学中のこと。「課題の制作にあたって、身近にあるマスキングテープで『モナ・リザ』の模写作品をつくったのが最初です。大学の文化祭で展示したこの作品がネットニュースに取り上げられ、多くの方に知っていただけるようになりました」。

 

その後、船原さんの作品はテレビ番組で幾度となく取り上げられ、アメリカやフランスのニュースサイトや雑誌でも紹介されたことから、世界へとファンを拡大。卒業後、3年間の一般企業勤務を経て独立してからは、美術館での展覧会やアートイベントへの出展、マスキングテープメーカーとのコラボ企画を通して、自身の作品の魅力を発信し続けています。


 最後に今後の活動について尋ねると、「感染症の影響もあって、しばらくはウェブショップでの販売やポートフォリオサイトでの作品公開が中心になりますが、個展など実際に作品を観ていただく機会を増やしていきたいですね。あとはワークショップにも積極的に取り組みたいと思っています。マスキングテープアートは年齢や能力に関係なく、誰もが気軽に楽しめるもの。実際に福祉や教育分野でも取り入れられているので、作品を創る楽しさをたくさんの人と共有したいですね」。
産業用の資材から、身近なアイテムを自分好みにカスタマイズするための装飾ツール、さらにはアート作品を描くための画材へ。マスキングテープは、固定概念にとらわれない自由なアイデアによって、ますますその用途を広げています。